Column

第226話  いまさら

  今から十数年前、50歳という人生の節目の年にズッケ(古い友人のあだ名)が音頭を取り、中学の頃の同窓会が開かれたことがあった。すべての人達が集まるなんて事は当然ながらあり得ないが、それでも総勢70人前後は顔を出してくれていた。
まさかこんなにも大勢の人達が参加してくれているとは、この数は私の想像をはるかに超えていて随分と驚いたものだ。当然全国各地からの参加になるにも関わらずに、だ。
この頃、私はちょうどSONYのハンディーカムを買ったばかりで、人生の記念になるだろうからこの時この場を撮っておこうと考えていた。
中学を卒業してから約35年、参加者全員それなりにその分の年をとり、この場の半分ほどは誰なのかの判別はできていなかった。それでもそんなことはお構いなしで、私の自己紹介をしながら相手に自己紹介をしてもらう形式で話を進め、そしてカメラを回した。すぐにわかる友人もそれなりに参加していたし、その姿も撮っておこうとテーブルを回ってカメラを回した。壇上での全員参加の近況報告自己紹介の時は、カメラを固定してその全員の姿をとらえることもできた。ちょうど2時間ばかり続いたこの同窓会も無事終了し、その懐かしさを胸に解散、それぞれが帰省の途に就いたのである。
帰宅後、私はそのハンディーカム情報を1枚のDVDにダビングして保存しておいた。
時は経ち、それから十数年後の今である。
ある休日、久々にDVDの整理をしていると、その1枚が出てきたのである。あのダビングの後は1度も見てはいなかったから、あまりの懐かしさにDVDの整理は中途半端で後回しにし、DVDプレイヤーにそれをセットし早速拝見。撮影した時からすでに相当の時間が経過しているだけになおさら懐かしさがこみ上げる。これを、この流れてしまった時空の断片を私一人でこうして見ていていいものなのか、と、しばし考える。いや、やはりそれではいけないだろう。
そこで私はこれをダビングして配ってやろうと考えた。きっと皆喜んでくれるに違い。
早速都内のダビング店にその1枚を送付し10枚程ダビングしてもらった。
その10枚を持参し、旧友Mのところに赴いた。この同窓会にMは参加してはいなかったが地元の事は大概Mに頼めば事が足りた。あらゆる情報を知り尽くしていると言っても過言ではないほどに顔の広い男だった。MはDVDに目を通すと、そこに映っている近場に住む友人達に配ってくれることを約束してくれた。きっと喜んでくれるだろうと。
その時だった。
「そうそう、さっき映っていたM.A昨年亡くなったんだよ、確か○○でさ、早いよな。」
残念そうにMはそう言った。
「えっ。」
その言葉に私は狼狽えた。その唐突な衝撃はあまりにも大きく、私の心の中の色を濁した。私は完全に言葉を失っていた。
中学時代、彼女は私なんぞには絶対に手の届かないところに存在する高貴な花のような人だった。中学のクラスは全部で6クラスあり1度として彼女と同じクラスになることはなかった。小学校も違ったから縁のつながるところは皆無と言ってよかった。
彼女は生徒会の役員であり成績は常に上位に君臨し、そして何より美しい人だった。
まったく接点の持てなかった私は、とうとうその中学の3年間で一言も話す機会を得ることは無かった。体育館で全校生徒が集合する生徒総会時に壇上に並ぶその姿を目にする程度であった。当時の、勝手な私の偏見なのだろうが、あまりにも無色に埋没していた私との品格の隔たりが大きすぎて、あまりにも次元が違い過ぎて畏れ多い存在だった。
結局、卒業と同時にそれっきりだった。
縁がなかっただけに、高校で離れてしまうとすぐにその存在を忘れ去ってしまっていた。
そのころ地元を離れた私は、それから生活拠点を変えて今に至る。
「そうなんだ、それは残念だったね、これからなのに」
少し時間をおいてようやく私の口が開いた。
画面の中の彼女は、カメラを向けられると恥ずかしそうに顔の前にハンカチを掲げるしぐさをしていた。それなりに年をとってはいたが、エレガントな雰囲気は今もしっかりと纏って見えた。笑顔はやはり美しかった。
この時私は、M.Aの本当の名前の読み方を初めて知った。MがM.Aと言ったからだった。私は中学の生徒会目録にある彼女の名前の漢字をそのまま自分なりの解釈で覚えていた。私のなかで彼女はM.Tだった。ずっとそう記憶していた。M.Aでは、今まで感じていた印象はすっかりと変わってしまう。まるで別人の様ではないか。
今更感は否めない。
M.Aの事をそれ以上私は聞かなかったし、Mもそれ以上の事を言うこともなかった。
時は流れているのだ、そして私達もそのうちその時に流されてしまうだろうが、これは節理であり仕方のないことだ。受け入れて行くしかない。
きっと彼女の人生は暖かくとても輝いたものだったに違いない、何も知らない私はそう思うことにした。そう思うことで私は平常心を保つことができた。

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