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第213話  あれっ

  厳しい冬を乗り超えた安堵と共に草萌える春がとうとうこの地にもやって来た。
今年の冬はとにかく寒かった。雪の量も例年を軽々と超えていて、恒例の雪かきに要する時間も例年に比べてだいぶ多かったように思う。厳冬期のとげとげしい世界は、今はもうない。
冬を乗り越えることが出来て本当によかった、としみじみ思う。
朝のジョギングにしても身に着けるトレーニングウエア―の量が違ってくる。雪の時期から比べるとインナータイツが1枚無くなりロングスリーブTシャツが2枚程少なくなる。それだけでも身軽になり毎朝の洗濯が1回減り、トータル2回で済むようになる。ちなみに夏は短パントとTシャツで走るので1回で済むから、この先ますます楽になってくる。
冬よりは身軽な感じで走ることが出来るこの初春はなんだか心も軽くなる。
早朝、いつものように走っていると、すでに芝にはうっすらと緑色がちりばめられた海岸ラインが見えてきた。砂浜の方もなんだが緩さを感じるような暖色に見えてくるから不思議だ。その芝生地には犬の散歩に来たと思われる女性がふたり、おそらく犬は柴で女性ふたりは親子と言ったところか。
早春の心地よい揺らいだ風がふたりと1匹を優しく通り抜けていく。いい風景だと思った。
だいぶ気温も上昇してきているので走っていると汗が頬を伝う。そんななか、何だか腹が張ってきたような感じがした。屁がたまってきたか。いつもならそのまま思いっきり放出してさっぱりとするのだが、今はそうはいかない。なぜならさっきの犬の散歩に来ている彼女たちのすぐそばにまで私は来ていたのである。ここでおもいっきり放出したら彼女たちがびっくりしてしまうに違いない。それは避けなければならない。 
私はそこを通りすぎるまで我慢することにした。幸いそれ程パンパンに溜まっている訳ではなさそうだった。近くならその女性たちに「おはよう」の挨拶はするのだが中途半端な距離感だけに挨拶するのは止めてそのまま通り過ぎることにした。親子と思われるふたりの女性はわりとこちらには気付かない雰囲気でそのまま犬を撫ででいる様子。ただ、その犬だけは私を見ていた。どうやら走っている私が気になるらしい。動くものを追う動物の習性だ。私はその犬の強烈な視線を感じながらも無視を決め、そしてその場を通り過ぎようとしていた。ちょうど私の真横に見える位置にまで迫ったあたり。
「ワン!」
その犬は突然吠えた、まるで私を呼び止めるかのように、私に向かって強烈に吠えた。
「ブブ―!」
あれっ、その鳴き声に反応するかのように、自然と屁が出た。
どうした、私は少しばかり慌てた。さわやかな潮騒をバックに響き渡る軽快なその音。すかさず二人の女性の方を見る私。
壊れたラッパのようなその音に、何事かと驚いた様子の二人の女性の視線は、やっちまった感満載の私の視線とぶつかった。そこには戸惑いの表情を浮かべたふたりの姿があった。が、その目は明らかに笑っているような?雰囲気をまとっていた。
私はにこりと微笑んでしまった、微笑むしか成す術を持たなかった、そして大きな声で挨拶をした。
「おはようございます」
彼女たちは言葉無くこくりと頭を下げて答えてくれた。犬は黙って私を見ている。
この場では何の言い訳も通用はしない。彼女たちも十分には理解しているはずだからここはただ流そう。私は何事もなかったように颯爽とこの場を後にする。未だ屁はちょっとだけ腹の中にある。ここからは本気で我慢だ。

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