Column

第205話  東京オリンピック2020

  前回、1964年に開催された東京オリンピックの時、私は5才だった。
当時白黒テレビではあったが家にはあった。番組として「夢で逢いましょう」や「シャボン玉ホリデー」の画像は脳裏にぽっかりと浮かぶし、はたまた「紅白歌合戦」などは眠たさのなかで途中までは頑張って見た、と言うぼんやりとした記憶は残っているものの、当のオリンピックに関しては、ほぼ見た記憶は無い。
その数年後1969年に始まった「巨泉&前武・ゲバゲバ90分」と言う番組だけはすっかりと記憶に残っている。やや成長している事もあるが、とにかくこれは面白い番組だった。私にとっては、子供時代の金メダル番組であったと言っても過言ではない。
2021年夏、コロナ禍の厳しい環境の中、東京オリンピックは1年越しながら開催された。中止はたまた再延期などなど、賛否両論分かれるなかでの開催だった。もちろん諸事情において参加できなかった国々や人々がいるのは致し方ないが、それでも大多数の国々のアスリートが参加してくれたことにより、無観客と言う前代未聞の運営ながらそれなりの盛り上がりはあったと思う。特にだが日本人アスリートの金メダル他メダルラッシュも今回の盛り上がりにひと花添えた形となった。
世界中どこで開催のオリンピックであっても、いつもテレビで観戦している私にとっては何の違和感もなかった。今回、例え観客が入ることが出来たとしても地方で仕事をしている身では出向いての観戦は考えられなかったから、テレビ観戦が当たり前のことと言っていい。
また、新たに建て直された国立競技場の観客席は、無観客ながら色とりどりのシートのお陰でまるで観客がいっぱいに入っているかのような錯覚に何だか救われた。いい設計だった。
大きな収穫としては、参加した海外のアスリート達からのこの東京オリンピックボランティアに対しての称賛投稿の数々が見受けられことだった。コロナ、灼熱、無観客と言った大変な環境の中で彼らは飛び切りの笑顔で誠心誠意頑張ってくれたのだろうと誇りに思う。
その称賛動画を目にするたびに「ありがとうございました、本当にご苦労様でした」そう思えて止まない。根本的に存在する日本人のおもてなし魂が垣間見えた大会であった。
数週間後、楽しかったオリンピックの火は閉会式と共にあっさりと消えた。
暗かった世の中がひと時だが明るくなったことは確かなことだ、開催されてやっぱり良かった、私はそう思った。
テレビでは再び新型コロナのニュースが席巻している。
コロナに慣れ切った人々は怖さを忘れてあちらこちらと移動を始めた。使い古された宣言ではそうそう移動を止めるには至らない。これ以上営業を止めていては生活がままならない、飲食店だってどこだって生きて行かなくてはならないから活動を活発化するだろう。
8月の中旬を迎えてかつてない感染者の数が計上されている。毎日新記録だ。以前とは比べられない速度で感染が進んでいる。ワクチンの接種は未だ進んではいない。
この国のリーダーはいったいどこで何をしているのだろう、まったく凛とした姿が見えて来ない。テレビ画面の向こう側、力なくうつむいて紙に書かれた文章をうつろな目で棒読みしている人間が責任者としては捉えられない。少なくとも私にはそうは見えない。
兎にも角にも無事に終えた東京オリンピック2020、このオリンピックは善かれ悪しかれ永遠に語り継がれるオリンピックとなる事だろう。

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