Column

第169話  侮るなかれ

  2回目のトライアスロンチャレンジ。
昨年のタイムを短縮するにはやはりスイムだろう。大半の距離を平泳ぎで済ませた私のタイムはそれなりのもので、ほぼすべての方々は当然のクロールなのでやはり早い。
クロールで泳げないわけではないのだが、どちらかと言えば不得意な方と言っていい。プールで泳いでいても50mから100mごとにひと休みをしなければ息が上がる。なぜだろうといつも思う。息継ぎがうまくいっていないのかと言われれば、そんなこともなくしっかりと呼吸はしているのだが不思議だ。自信がないのだ。自信がないから心が乱れる。そしてそこに生まれる不安な気持ちが息を乱す。そんなところだろうとは思う。
大会はなにせ長丁場、海の真ん中でひと休みなどする浅瀬などはなく途中中途半端に疲れ果ててしまっては元も子もない。そこで休まずに泳ぐことのできる平泳ぎという事になったのだった。
平泳ぎには小学生の頃から自信があった。ずっと無制限泳ぎっぱなしでもそれほどの疲労感もなく泳ぎ続けることが出来ていた。
しかし2度目の今回はどうしてもクロールでチャレンジしてみたい、そう思った。
そこで私は、クロール強化すべく、休日ごとにプールへと通った。
自己流ながらこのままのスタイルでゆっくりと大らかに泳げるようになりたい。YouTubeで目にした2ビート、これを試してみようと何度となくバタ足のタイミングを計る。
一足ポンと蹴ったら蹴った方の腕でひとかき、次は反対側で蹴ってひとかき、だんだん慣れてくるとこれがいい。バタバタと連続でバタ足をしていてはそれだけですっかりと疲れ果ててしまってとてもじゃないが距離を稼げない。
2ビートのバタ足は推進力と言うよりも、どちらかと言ったら体幹のバランスをとると言った感じか。左右に振れる体を安定させるイメージ。
2カ月が過ぎたころには何とか形になってきたような気になる。
しかしなにせ自己流、これがよいスタイルなのかどうかは正直わからないが、自分なりに距離も稼げるのではないかと思えるようになった。
いよいよ大会。
そんなもんだから、今回私はスタートと同時にクロールで飛び出した。
何も考えずただ前方にある目標物を目指して腕を振り回す。100mも泳いだろうか。今までにない異様な疲労感に全身が包まれた。なんだこれは、と不安が走る。振り回していた腕の感覚は鈍くなり限界を感じる。まさか、そう、まさかである。私はとっさに平泳ぎにシフトした。
ところがである。得意だった平泳ぎにも支障をきたすほどに全身に疲労が回っていた。息が荒くなり全身が硬くなり滑らかに前方に進むことが出来ていない。いつもなら頭まで水面下に潜りこんで泳ぐのに息苦しくてそれもできない状況だ。波は高く体を浜側に押し流す。仕方なしの、頭を水面上に持ち上げたままのスイムではさらに全身の疲労を誘う。今回はウェットスーツも新調したものを初めてここで着用していた。フルからロングジョンへの変更。これもこの苦戦の原因のひとつなのか。数々の疑問が波間に浮かんでは消える。
これではいけない、そう危機感を覚えた。
棄権の文字が、頭をよぎる。このままでは溺れてしまうかもしれないと思った。いつもの私ではないし、いつもの私の泳ぎではない。それは重々理解できていた。棄権するのも勇気だ。
私は息苦しさの中重くなった体をもがくように必死に動かし、救助部隊のひとりであろうサーフボードに乗った海上スタッフのところへと進路を変えて向かった。
最後の力を振り絞るように懸命に波にもまれながら進んだ。そして、やっとのことでそのサーフボードにしがみつくことが出来た。正直ホッとした瞬間だった。
「大丈夫ですか、今日は波がありますもんね」
スタッフは私に向かってにこりと微笑み、そう言った。
「いや~~、なかなかきついですね」
私はとぎれとぎれにやっとの声を張った。
サーフボードにつかまりスイムコースを見やると参加した全ての選手たちが黙々と懸命に泳いでいるのが見えた。もちろんゆっくりと進んでいる選手たちも目に入ってきた。みんな頑張っているのだ。私はと言えばそのコースをたっぷりと外れて随分と砂浜に近いところまで来ているのが解った。ここからコースに戻るにもそれなりの距離を泳いで戻らなければならない。やはり今回はこのまま棄権しようか。気持ちが揺らぐ。
いやまて、ここで棄権したらあと3時間は浜で待ちぼうけになってしまう事だろう。それでも溺れてしまうよりはましだろう。そんな思いが胸中駆け巡る中、少しばかり休むことのできた私は、決断したのである。
「ありがとうございます、行きます」
私は海上スタッフにそう告げると、再びコースへともどった。
泳ぐとまだまだ息苦しさに見舞われながらもコースへと戻る。随分と遠回りになってしまったおかげで、私の位置としては全体の末端か、後方にはひとり、ふたりと言ったくらいの選手しかいなかった。泳がなければ死ぬ。私は懸命に泳いだ。
2回折り返したあたり、600mを過ぎたあたりから何だかいつもの自分が返ってきたように感じた。泳ぎもややスムーズに進むようになってきた。少しばかり気持ちも落ち着きを取り戻してきていた。
私はこの後クロールで進むことはあきらめた、ここからなら多分クロールもそれなりに行けるだろうと感じたが、止めた。
900mあたりまで達したところで上位の選手たちが続々と私の体の側面を擦るように抜き去っていく。まるでサメのようにぐいぐいと突き進んでいくのが見えるすごい人たちだ、ただただ唖然と見送る。
私は泳ぎながら反省していた。
私は張り切りすぎたのだ。それほど自信もないクロールで最初から飛ばしてしまってことが敗因だろう。運動の初めは体を慣らして徐々に対応させていかなくてはならない。朝のジョギングだって最初の2キロから3キロぐらいまでがゆっくりの走行でも一番きついところではないか。そこを見誤ってしまって張り切ってしまっていたのだ。
そうだ、最初のスタートは体を慣らす意味でも平泳ぎで出るべきだ。それから態勢を整え、行けるところでクロールに切り替える、そして疲れたら平にもどる。この繰り返しで行ければ昨年よりはスイムタイムを短縮できるかもしれない。今さら遅いが、そんなことを考えながらスイムゴールを目指した。
最初でつまずいてしまった私は、スイムではやはりタイムアウトギリギリのあたりでゴールしていた。なんとかセーフ、と言った具合だろう。
その後、自転車で山を登り下り、そして両腿をつらせながらランで山を登りゴールを目指して下った。
太陽はサンサン34℃。体感温度は恐らくそんなもんじゃないだろう。
自然は過酷で残酷だ。
それでも、なんとか時間内に滑り込みゴールテープを切ることが出来た。
3度目の正直、来年こそは納得と満足のいく自分でいたいものだ。

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