Column

第159話  作戦変更ミスのもと

  「そう言えば、今回のレースどうでした?先週でしたよね。」
電話で商談を済ませたばかりのメーカー担当のT氏がそう言って先ほどまでのお堅い話から一転、痛いところを突いてきた。
「ハッハッハッハッまたまたまた、よく覚えていましたね、そんなこと」
「そりゃあ覚えてますよ、あんだけ4時間切りを豪語していたわけだからね」
「いやいや、ところがどっこい、途中足つっちゃって、もう痛いのなんので10キロ近く歩いたのかな~結局4時間後半、あれがなければ4時間はきってたんだけどな~」

号砲と共に大勢のランナー達が一斉に走り出す。
私は昨年と同じに4時間のペースメーカーについて走り出した。体は軽い。どうやら調子はいいようだ。私は軽快に足で地面をける。
ちょうど3キロくらい走ったあたりか、良からぬ思いが胸中を巡った。昨年の経験だ。
この4時間のペースメーカーについて行って30キロあたりで置いて行かれた苦い経験だ。
「まてよ・・・」
このペースを守って行って昨年と同じパターンは味わいたくはない。私の体調は前回よりも快調だ、ここから少しばかりスピードを上げて貯金を作っておいたらどうだろう?そうなれば後半徐々に私のぺースが落ちたとしても昨年のように置いて行かれるのではなく、最終的に同じくらいにゴールすることが出来るのではないか。
そうだ、そうしよう、何だかいけそうな気がする。
レース序盤、そんな突然の思い付きから、私はその一団をするりと抜け出し、そして単独行動に移ったのである。
じわりじわりとペースを上げてはひとりひとりと追い抜いていく。一気に抜いてはいけない、相当な体力消耗につながるはずだ。足は快調だ。いつものジョギングのペースよりは早いことを承知はしている。あまりに無理はせずに細かく足を運び運び前へと進む。中間地点が見えてきて、それをくるりと回る。
昨年よりは20分も早い。これなら4時間は余裕で切れそうだ。
快調に足は回る。
4時間ペースの一団とすれ違う。なるべくこのペースで走りぬけばいい結果につながるはずだ。気分が乗り出しじわりとペースが上がった。
コークを置いてくれている給水ポイントが見えてきた。ここでコークを2杯もらう。
さあそろそろ25キロを超えたあたりだ。あと17キロくらい、ひと踏ん張りだ。
そう思ったあたりだった。
左足ふくらはぎの中心を貫く筋肉のラインに違和感が走った。
「んっ」
そう感じた直後だった。
(ビギーーーーーーン)
違和感のあった中心部の太いやつが今まで経験のないほど見事につった。
「やっちまった」のである。
調子のよい時ほど気を付けなくてはいけないことは百も承知なのだが、うかれ調子に乗ってしまったのだ。こうなったらもうまともに走れるものではない。
覚悟を決めて歩く、そうするのが今できる一番いい方法なのだ。激しい痛みにびっこをひきながら歩く。顔は痛みにゆがむ。その歩き進むだけでも一苦労だ。こうなったら、いっそのことタクシーでも呼ぼうか?いやまて小銭がない、いやその前に公衆電話なんてこの時代ありゃあしないだろ、しかもここのコース通行止めだし。
しばらくすると、無情にも4時間ペースの一団が悠々と私の横を追い抜いていく。
「あいつ完全に足つってるな、まあがんばれや」くらいは思ってもらえているかもしれない。
そのあと4時間半ペースの一団にも抜かれ心はショボショボ、足はズキズキだ。
せっせせっせと住宅地の細道を抜け大通りに出た。
まだまだ痛む左足を引きずりながら歩いていると「あっ~~~~!」と私のすぐ後ろで大きな声が聞こえた。何事かと振り向くと、私と同世代と思われる男性がこれまた左足を抱えてしゃがみこんでいる。彼はここでとうとうその足がつったのだ。
「うううう~~~~痛ててててててこんちくしょう」
そう言いながらその痛む足をもみだした。
4^5回もんだだろうか、すぐに立ち上がりそしてまたゆっくりと走り出した。実に回復力の早い人だ。そう思って驚いていると、彼はそのままのペースで私の横に着き、そして言った。
「あんたも足つってんだろ、歩き方見ればわかる。走りが足りないんだよ走りが。ひと月200キロ以上は走っとかないとダメだよ。練習あるのみ。」
大きなお世話であるが、その通りでもある。
「いやいや、確かに。で、お父さんも大丈夫なの?」
私がそう返すと彼は言った。
「はっはっはっ見てた、そうなんだよ、俺も練習不足、痛いけど頑張る、それじゃ」
そうにこやかに言うと、じわりと私を引き離し、やがて長い時間をかけてそのうしろ姿を小さくして行った。元気な人だ、私も頑張らなくては・・・。
私は最後2キロ、痛みをおしてゆっくりと走り、なんとかゴールまでたどり着くことが出来た。4時間後半という惨憺たる結果に終わってしまった。
途中色気を出して作戦変更してしまった罰だ。こんなことなら素直にペースメーカーの後をしっかりとついていくべきだった。後悔先に立たず、だ。

「あれっ、それって言い訳すか?」
躊躇のないT氏の声が響く。
「そう、言い訳、聞いてくれてありがとう。という訳で今回は残念でした。来年頑張りまーす」
「はいはい」

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