Column

第140話  思いもよらぬ展開

  小さな新年会、そう、親しい友人数人でのささやかな宴。
そんなささやかな集まりにしても、社会人としては時間の都合を合わすのはなかなか大変なことだ。それぞれ職種も違えば環境も違うし、ましてや家庭があればそれが重要視されるのはもっともだ。
何度かの連絡のやり取りを重ね、とうとうその小さな宴の日取りが決まった。
彼らとは昨年末にも小さな忘年会を開いた気のおける仲間、気兼ねは無用。
一件目の居酒屋ですでにハイピッチな飲量、愉快なひと時は酔いを緩ませ時間の流れの感覚を早める。
「そろそろラストオーダーとなりましたが、なにか追加オーダーはございますか?」
まだまだこれからというタイミングでの居酒屋スタッフによる無情なささやき。
勘定を済ませ、私たちは2件目へと向かった。
そこは、ここ八戸の夜をリードしてきた昭和初期から営業の続く老舗BAR「P」。現在は親から引き継いだ2代目夫婦が店に立ち、昭和の雰囲気そのままに繁盛させている。私たちは混み合う店内の喧騒をかき分け、隅のカウンター席へとたどり着いた。
「モヒートをお願いします」
ここでは私のいつものやつである。
それぞれが飲みたいものをオーダーしそしてまた愉快な時間が流れる。一時間ほどたっただろうか、たまたまカウンター席の私たちの隣に座ってきた年配の男性2人、ひと言ふた言言葉を交わすうちに意気投合、その彼らと一緒に3件目へと向かったのである。
そこは、その男性2人組の行きつけらしいワインバー。
ふがいないのだが、このあたりの記憶からやや曖昧となっている私。
赤ワインを頂いた、小さく遠い記憶がかすかに残る。

目が覚めたのは翌朝の8時だった。
果たして昨夜は何時に帰宅したのだろう?結構眠ったのかもしれないし、またついさっき帰ってきたばかりかもしれない、まったくもって時間の流れが解らない。ただ、未だ酔っぱらっていることだけは確かだ。
起き上がり、2階の寝室からい1階の居間へと移動してみるとそこにあるストーブの赤色ランプが点滅して何らかの異常をしらせていた。私はそのストーブのスイッチを1度切り再びオンにするとすんなりとうなり音を上げて動き出してくれた。
今ここでこうして家の中にいるということはしっかりと代行を呼んで帰ってきたことは確かなことなのだろうが、どんな経緯をふんで無事に帰ってこられたのかの記憶が全くない事に考えが及んだ。
果たして昨夜はいくらの金額を使ってしまったのだろう?後悔数知れず、おおきな不安を抱えながらカバンの中をまさぐり財布を探してみた。財布に手が触れる感覚がないようなので中を覗いてみると、その姿は無い。
財布が無い。
動揺が走る、慌てた私はそのまますぐに庭先にある車へと向かった。
財布は車のひじ掛けのところにポツンと孤独にたたずんでいた、ほっとひと息。
その空間の片隅には昨夜かけていた眼鏡も転がっていた。車の中に置き忘れるなんてよっぽどである。
財布と拾い上げた眼鏡を手に取り居間へと向かった。
もし財布を無くしてしまっていたらカードやライセンスの手続きなどなど大変なのは百も承知している、その財布が現在は私の手にある、安堵に包まれた。
居間に戻りテレビのスイッチを入れた。
そのままメールチェックでもと思い携帯電話を勝手に手が探す、のだが、今度は携帯電話が見当たらない。
「ジャケットのポケットかな?」
携帯電話は結局どこにも見当たらなかった。
私は携帯電話を無くしてしまったのである。
ジャケットのポケットから再び車の中まで懸命に探してみたのだが無い。これだけ探してみても無いのだからここにはないのだろう。私は夕方まで待って、昨夜伺った店を一軒一軒回ってみることにした。
午後の5時を少しばかり過ぎたあたり、一件目の居酒屋に行ってみると「本日定休」のプレートが玄関先にかかっていた。仕方がないので、続く2件目の「P」へ、なんとそこには車の中に無残にも転がっていた眼鏡のケースが忘れ物として保管されてあったが、携帯電話はない様だ。
これも無くしていたのか、私は私のふがいなさに愕然とし、そして深々とマスターに頭を下げてはお礼をし、店を出た。
続いて3件目、やはり携帯電話の忘れ物はなかった。
「P」で眼鏡ケースを落としているなど考えられない展開から、もしかすれは駐車場などで携帯電話を落としてしまった可能性が考えられると判断した私は「紛失届け」を出すために警察署へと足を運んだのである。
警察署には未だない届け出はということで、必要書類に署名して連絡を待つことにした。
その翌日、昨日店休だった居酒屋に電話をしてみるもいい返事は返ってこなかった。その店が最後のチャンスと考えていた私にとってはつらい仕打ちであった。
かつて財布と携帯電話は無くしたことのない私、果たしてどこかにそれらを忘れてくることや落としてしまうことがあるのだろうか?その時点でどんなに酔ってしまっていても。
どこにもないのはなぜだ、腑に落ちない私はJに携帯電話を借りてもう一度家のなかを探してみようと考えた。
家に着き、Jの携帯電話に私のナンバーを設定し呼び出してみる。
「ん?」
何だか呼び出し音がどこかでかすかに鳴っているような?違うような?外からか?いやキッチンの方からか?
微妙でかすかだが、確かにどこかでなっているような気がする、私はあちらこちらと歩き回り探したのだが、無い。しかし、ほんのかすかだがやはり聞こえている。じっと聞き耳をたててみる、どうやらキッチン周りから聞こえてくるのは間違いないか。キッチンの下の扉を全部開けてみて中に詰め込まれてある様々を引っ張り出してみるが無い。冷蔵庫の裏側から中、冷蔵庫の上に置いてあるレンジの扉を開けてもみても無い。あるわけないだろう排水溝を覗いてみてもやはり無い。確かにこの近辺からかすかに聞こえてくる呼び出し音。いったいどこからこのかすかな音が聞こえてくるのだろう。一度携帯電話を切ってもう一度かけ直してみると再び音が鳴り出した。
確信が生まれる、どこかにある。
私は、取りあえず、あるわけはないだろうキッチンの天板に設置してある棚の扉を開けてみた。まさか、なんだか音が大きくなったような?
私は踏台を持ってきてその中を覗いてみる。中は普段使わない食器や鍋その他各書類の束が詰まっている。明らかに音が大きくなっているようだ。
電化製品の取説を集めた大きな袋を取り出してみる。
ますます音が大きく響く。
大きなその袋を下ろし、戸惑いのなかで中を覗いてみる。
重なり合った書類の束の間で、携帯電話は平然と呼び出し音を発していた。
何でここに?
ここ何年か、この棚を開けただろう記憶はない、しかしそれはここにあった、この理解に苦しむ状況は私の心を混乱させ恐怖心すら抱かせた。私は酔っぱらっていったい何をしていたのだろう
まったく記憶に無い奇妙な展開。
しかし、戦々恐々と心ざわめき探し回っていた携帯電話は見つかってくれたのだ、大きな安堵が私を包み、心底ほっとした。
私は考えてみた。
酔っぱらって帰った翌日の朝、確か、ストーブの異常を知らせる赤色の点滅があった。
もしかすれば、帰宅してすぐにそのストーブの異常点滅に気づき、何とかしなければと、あの天板の棚にある取説を探し出して見たのではないだろうか?結局、酩酊のなか原因をつかめず、その取説を袋に戻す際に一緒に携帯電話も入れてしまったのではないだろうか。そうとしか考えられない。完全に酒に完敗、気を付けなければいけない、若くはないのだから。
そして「まさか」、問題はその「まさか」である。
携帯電話は結局思いもよらないところから発見された、有り得ない、という狭い気持ちを捨て去ることがどうやら重要なようだ。
警察に、携帯電話が見つかったことを連絡しなければいけない。

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