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第121話  そう言えば・・・海へ向かう

  なだらかな曲線を描きながら広大な芝生地が続く種差海岸の片隅でキラキラと波打つ海をのんびり眺めていると、小さな漁船が一艘トントントントンとはるか水平線を北から南へとすべるように進んで行くのがみえた。
いい眺めだ、あの小船のようにきらめく海面をすいすいとなにかに乗って行けたらどんなに気持ちのいいことだろう。とくにこんなすばらしい青空で風のおだやかな夏の日に・・・。

そう言えば・・・ふわりとある出来事が脳裏に浮かんだ。
「ねえねえ、来月さ、いかだ下り大会があるらしいよ。どう、出てみない」
一枚のチラシを手に色黒のT君はいつものにやけ顔でやってきた。
「自分たちで思い思いのいかだをその場で作って競争するみたいなんだよ、カッコイイの作って出ようよ」
思えば小学生のころ近所の川に手作りのいかだを浮かべて、それを自在に操るまでに成長したことのある私にとっては得意分野のお話、二つ返事でそのおもしろそうな大会の出場をのんだのである。
タイヤのチューブを6本、これは浮力を保つのには絶対に必要なところで、その他、あたりから使えそうな古材をかき集めてお互いの車にびっしりと詰め込み、大会前夜、急遽合流が決まったT君の弟も一緒にその現地へと向かったのである。
真っ暗な中、現地到着するとすでにいくつかのチームが自分たちのテリトリーを確保し、そこでそれぞれのいかだの制作に汗を流していた。
遅れてはいけないと、私達も到着後すぐに荷台に積み込んだ荷物を下ろしこの数日間で描いたプランをもとにヒモやクギを使っていかだ制作に取り組んだ。
果たして、いかだは出来上がった。
6本のタイヤチューブを長方形に組んだいかだの船底にくくり付け、甲板のセンターには3メートル程の高さの柱をたてて、その柱には2メートル程の大きさのアメリカンヒーローの風船人形をくくりつけた。アメリカンヒーローは赤色や青色の派手目な配色で、周りには地味ないかだが多いなか、それはおおいに目立った。
満足のいくいかだを作り上げる事に成功した私達は、空もすっかりと明けてきたあたりにまわりに散らばる他のグループの出来栄えを探るためにぐるりとあたりを廻った。
それぞれ個性はあるがたいしたことはない、それに早さでは全く負ける気がしなかったことも事実だった。根拠はない・・・。
川沿いになにやら騒がしい一団が集っているのが見えた。
私達がその一団に近づいてみるとすでに3艇のいかだが川岸にきれいに並べられてあった。どうやらその一団はそれらのいかだを囲んで談笑しているようだった。
えっ、なんなの、そのいかだ達は・・・それを目にした私達は愕然と立ちすくんでしまった。
1位、2位、3位、先頭からすでに順位が決められている。
「なに、これってどういう事ですか?」
私は思わずその一団のなかのひとりに聞いてみた。
「ああ、これらが入賞だよ、これなんかやっぱりイイよね、手が込んでるもんね」
何を言っているのかよく理解できていない私はもう一度聞いてみた。
「えっ川を下ってそれで1位だ2位だを競うんじゃないの?」
「いやいや、いかだの美しさを競う大会さ、それが決まればあとはみんなで怪我のないように順番にゆっくりと川を下るんだよ。どうやらあんたらのやつは選ばれなかったみたいだね、残念、今度はがんばりなよ」
その言葉は私達を戸惑わせ、少なからずやる気のメーターを引き下げた。
私達は肩を落とし、そして私達のテリトリーへと引き上げた。
それでも、ここまで来て引きさがる訳にはいかない。

しかし、それはそれで楽しいものだった。
美しい景観を眺めながらの数キロの川を自作のいかだでのんびりとその流れとともに流れ下る、時には水に浸かりながらいかだを押してみたり、目の前に立つT君やその弟を川に投げ込んでみたり、時に空めがけて奇声を発してみたりと、参加しなければ経験できなかっただろう開放的なゆるい時間というものに直に触れた気がした。懐かしいさがじんわりとこみ上げる。
南へ舵をとっていた漁船が、そろそろ岩陰に見えなくなりそうだった。

それから1年の時が流れたある日・・・。
「ねえねえ、おれさ最近カヌーやってんだけどさやってみない、かなりおもしろいよ」
イタリアンレッドなドカティーで颯爽と現れたT君は、そう言ってまたにこりとほほ笑んだ。
つづく

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