Column

第119話  ヤマボウシ

  大きな庭ではないが、一部なんだかがらんとしていて絵的になにか物足りなさを感じる空間がある。ちょうどそこに一本形の良い木があってくれれば全体にまとまりがでるのだが・・・。
そんな事を思いながら3年、やっと重い腰をあげる時ができた私は、知っている園芸店の門をたたいた。「知っている」と言うのは以前その園芸店にて「ハナミズキ」の小木を3本買った事があって、今まさに植えたいと想いっているところにもそのなかの1本を植えた事があったからだ。
「重い腰を上げた」と言うのは、私自身の世話が悪かったのか、あまりにもぜい弱そうに見えたハナミズキの小木がやはり弱っているやつだったのか、はたまた地質的に合わない個体だったのか、それらは一年をまたずして全滅してしまった過去があったからだ。
今回は、その時買い求めたハナミズキではなく、とびっきり元気そうな何かでやってみよう、それならば大丈夫かもしれない・・・。
2000坪はあろうかと思われる広大な土地には計り知れない種類の、そして大小それぞれの立木がずらり雑然とちらばりまとまりはないまでもいきいきと天に向かっている。
私はそのうっそうと生い茂る木々達の中をゆっくりと歩き一本一本を吟味した。
整備された細道をしばらく進むと、前方にちょうど良い大きさで、まるで絵本の中から飛び出してきたようなシンプルで美しい形の木が一本見えた。
傍に立ちじっくりと観察、素人目にも健康に育っているのが解かる程に幹や葉の色艶がよい。「ヤマボウシ」とネームタグにあった。
ハナミズキ以外と決めていたし、多少の地質をものともしない「ヤマボウシ」なら丈夫なはずだ、しかも値段は12000円、この大きさ形でこれはお買い得だ。
私は早々にこの個体に決め、植えつけの日時を決めて帰宅した。
その植えつけ当日、青天にてほっとひと息。
決めた時間少し前、荷台にその「ヤマボウシ」と思われる木を積んだ淡いブルーカラ-の使い古された2トントラックがやって来た。
あきらかに使用限度を大幅に過ぎてしまっているだろうそのトラックの荷台にある「やつ」はあの時と全く違う姿をしていた。
あの日私が目にした極めて健康的な体躯の「やつ」ではなかった。それは、葉と言う葉はクシュッとしぼみあがり、細い枝までしんなりと力なく垂れ下がり、今にも枯れて朽ち果てそうなほどに弱り切っているように見えた。
到着後、簡単なあいさつもそこそこに植える位置を確認後、淡々と無表情で作業を続ける年配の職人に私は聞いた。
「これって葉っぱが全部しょぼしょぼになってしまっているけどだいじょうぶなの?」
「えっ、大丈夫だよこれくらい、ヤマボウシは強いから」
あまりにもぶっきらぼうな答え。
職人とはそんなものか?まぁ人にもよるだろうが、しかしまぁ彼はプロだ、そのプロが大丈夫と言えば大丈夫なのだろう、植えて少しすればまた元の元気な姿に戻るのだろう、そう思った私はそれ以上なにも聞くことはなかった。
ひととおりの作業が終わり、次の現場があるらしく年配の職人はそそくさとこの場を後にした。
その「理想の位置」にセッティングされた「ヤマボウシ」は力無げにたたずむ。
位置的にはとてもいい。
翌朝、私はすっかりと驚いてしまった。
「ヤマボウシ」のすべての葉が黄土色に変色し枯れ出していた。
これは常識的に考えてみても園芸店側に責任があると言って間違いないことではないのか。私はその園芸店に状況説明のために電話を入れることにした。
「あらあら、そうですか、忙しいから違う園芸業者にそっちのこと頼んでいたんだよね、たぶんあれかな、昨日夕方あたりに堀り上げたと思うんだけど、掘るの早すぎたかなー、なんなら違うものと交換しようか?」
生物に対してのその責任感のかけらもない返答に、私はずいぶんとあきれ返ってしまった。
私はしばし考えた。
仮に交換すればどうなる、間違いなくやつは廃棄処分、つまり生命を断たれてしまうと言う事だ。待て待てやつはまだ死んでしまったとは限らないではないか、この時点でそれはあまりにも酷だ。私が選んでしまったばかりにそんなことになってしまうのは不憫でならない。ならばもう少し様子を見てみよう、私は一縷の望みをその「ヤマボウシ」の生命力に駆けてみる事にした。
「もう少し様子を見てみますよ、まだ完全にダメになった訳でもないだろうし・・・」
「あそう、まぁもしダメだったら電話して、その時は交換しますよ・・・」
そのひと悶着の翌日、全ての葉が枯れ果て地面に落ちてしまった。
「やはり、だめか・・・」
この成長期これだけ葉が落ちて丸裸になってしまってはどうなのだろう、かなり心配になってしまった。こんな厳しい状況の中だが、私は朝晩の水やりを続けた。
不毛の日々を廻った10日目あたり、なにやら緑色の小さな突起物がひとつふたつ、翌日にはまた別な場所にひとつふたつ、しばらくすると全体的に緑の芽が噴き出した。
再び葉が生え始めたのである。
「生・き・て・い・る」

それでもやはりそうとうのダメ―ジを受けていたらしく、「全ての枝に」と言うわけにはいかなかった。日が経つにつれてやはりダメな部分は枝に大きな問題を抱えてしまった事を理解できた。その部分には一向に葉の生える気配は見られなかった。あえなく、私は健康な枝葉を残し、未来のために血の通わなくなった部分をカットすることにした。こんもりと美しかったあの姿は美しくないいびつな姿へと変貌してしまった。
それでもいい、ひん死の状況を脱したのだから。
そして3年目の春、ヤマボウシは元気に成長を続けている、が未だ姿は美しくはない。
それでもいい、これで良かったのだ。
やつは自身のたくましさを鼓舞するようにたくさんの美しい白い花を咲かせた。
葉・枝・幹には溢れんばかりの活力がみなぎっているのが手に取るようにわかる。
やつはもう大丈夫だ。

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