Column

第95話  ウクレレ気分

  「ウクレレだと、渋谷の黒沢楽器あたりがそろってるんじゃないですか」
恵比寿にあるワンライフ(残念ながら現在は閉店)と言うアメカジショップに伺ったおり、自らもウクレレ職人として本場ハワイでのひとり立ちを考えているらしいスタッフNが言った。

2005年夏、アンティーク雑貨の買い付けでHとLAでひと仕事、休息も兼ね、最終ハワイに飛びオアフ島を反時計まわりにぐるりとひと回りした。
途中、ノースショアの手前に位置する、かき氷で有名な「マツモトストア」のあるハレイワで昼食を取ろうという事になった。車の私たちはやや町からはずれたパーキングスペースのある小さなレストランで簡単な昼食を済ませ、そのあとで時間の有り余る私達は商店が点在するエリアへと足を向けた。
ハレイワの、のんびりとしたメインストリートをぶらついているいと、一軒のちいさなCDショップが目にはいった。道中FMを聞きながらのドライブもまた申しぶんないのだが、なにか気に入ったCDでもあれば何枚かほしいものだ、と入ってみることにした。
店主はフランス人の老夫婦であった。聞くと、風光明美なこの島そしてこの町に魅せられ、ついには母国から移住したという、その潔い決断力には感服した。
メローなハワイアン音楽が低音で流れる居心地のいいその空間でしばらくの間あれこれとCDを物色していた。
「私、このCDが一番好きよ」
カウンター内から出てきた奥様が自身いち押しのハワイアンCDをすすめてくれた。
私は、すなおにそのCDを買った。
手に入れたCDをインパネのデッキにセットし、空と海と太陽のおりなす雄大な空間の真っただ中で虹色に漂う温暖な大気のゆらぎを全身に感じながら、私は静かにアクセルを踏み込んだ。
心地よい・・・ただひたすらに心地よい。
あたりにちらばる潮騒がさらなる臨場感を重ね合わせ、現実を超えたまるで仮想的空間へと誘う。宙をただよう、と言っていい、肉体と精神が解放された。
ウクレレという楽器からあふれでる音色の虜となった。
ウクレレを弾いてみたい、その時、そう思った。

仕事も一段落を向かえて少しだけ時間の空いた私は早速に渋谷へと向かった。
黒沢楽器はすぐに見つかった。
中地下の店内に足を踏み入れるとすぐ左手側にウクレレのコーナーが設けてあった。あらゆる種類を網羅したと思われる多数のウクレレが陳列されてある。
そこには先客だと思われる50がらみの、レインスプ-ナ―の小花柄アロハを着たおじさ
んがひとり、パイプ椅子に腰かけて丸テーブルに置かれた数本のウクレレを手なれた様子で試しているところだった。
それがまたうまい!
私のような素人耳にもそのうまさは伝わってくる。
どうやら傍に立つ私の事など眼中にはないようだ。
さて、私は私、どれが良いものか?全く見当もつかないのだが品定めを試みた。
まずは見た目、感覚的に物として美しいかそれ程でもないか、また手に入れたいかそれ程でもないか、そんな単純明快なところから探していると、並べられた列の中の右から3番目のウクレレに目が止まった。それは、全体的に年輪のような美しい縞模様が浮かびあがった個体で色や光沢も控えめかつ上品な代物であった。
「これ、いいな・・・」
そう思った私はそれを手にとり、そして値札をながめてみて思考が止まった。
「12万円・・・」
私はすっかりと驚いてしまった。こんなに小さいのに12万円なんて、私の陳腐な固定観念は秒殺、どうやら粉々に吹っ飛ばされてしまったようだ。
ついでに右となりのウクレレも手に取りその値札をながめてみた。
「25万円・・・」
さらにその右となり、つまりは右端のウクレレを手にとってみた。
「30万円・・・」
開いた口がふさがらないとはこのことだ。
こんなにも高額なものなのか・・・このならびからするとやはり右側がいいやつか・・・ならば左側にあるやつはどうなのだろうとひとつふたつ手にとってみると、どうやら2、3万円くらいの手ごろなやつからも大分そろっているようだった。
がっ、しかし、どうしよう、左側にそろっているそれらには私の触手はぴくりとも動かない、どうせ買うなら、やはりあの右から3番目のやつが・・欲しい。
直感、それは一目ぼれと言っていい。ウクレレのイロハも知らない私だが単純にその容姿の美しさにひかれた。それの右隣やまた右端はなんとも派手すぎてデザイン的に好みではないし、ましてやその高額すぎる値段からして手がでるはずもない。

「ちょっとウクレレ買いたいんだけど、いい?」
「ウクレレ?・・・うん、いいんじゃない」
ややっこしくなりそうな理由や無理矢理なこじつけや高額な値段は後に回し、取りあえずウクレレを一本買いたいなーっなんて事を私は電話でカミさんにさりげなくも伝えた。ちょっと、がきいているのかその返事は明らかに軽いもので、私の中の見解では5千円、ま
ぁいったとしても1万円程度のものだろう的雰囲気が伝わってきていたが、もちろんそれが狙いだ。そんなライト感覚でなんなく急場をしのいだ私はほっと一息、これで後々何を言われたとしてもOKが出ている以上はなんとかなるだろう、多分?
その道のプロであるそこのスタッフにはなにひとつ相談もせず私はその右から3番目のやつに決めた。それには「KAMAKA」の名が打ってあった。
意を決したところで、声高らかに私は叫んだ。
「すみませーん、これくださーい!」
「はーい!」
店の奥にいたスタッフが出てきて私の選んだそのウクレレを手に取り、お待ち下さいのひと言の後再び奥へと姿を消した。おそらくはケースを出したり調律だったり磨いたりのためだろう。
その場にひとり残された私は「そう言えば教則本を・・・」とあのアロハおじさんのいるところのテーブルの端っこに並べられてあるそれらの本を物色し始めた。
しかし、見たところどれもこれも似たり寄ったりで正直私にはどれがよいのかさっぱりと
見当がつかない。そこでそこにいるアロハおじさんに聞いてみることにした。
「ウクレレうまいですね、もう長いんですか」
「はあ、まあまあです」
曖昧な返答だが歯切れのいい江戸弁だ。
「そうですか、ところでここにある教本なんですけど、どれが私みたいな素人には解かりやすいんですかね」
「そうだね、これなんかどう、これなんかけっこういい本だよ」

彼は中腰になり数あるなかから一冊の本を取り出し私へと差し出した。
「あっそうですか、それはそれは、じゃあ自分それ買わせてもらいます。どうもありがとうございます。助かりました。」
「いえいえこちらこそ」
アロハおじさんはパイプ椅子に腰かけるや美しいあの音色を再び奏ではじめた

私はアドバイスをもらったDVD付きのその教本とレザーケースに入れられたKAMAKAのウクレレを大事に抱えちょうど時間の迫った新幹線に乗るために東京駅へと向かった。

深夜、自宅へとたどり着いた私は出張の疲れをよそに、すぐにケースからウクレレを取り出し、まずは手に取りフロア―ランプの傍でその姿を眺めてみた。濃淡の異なる何種類ものブラウンカラーのグラデーションが織りなす深い色合いといい、セットされた各パーツの重厚かつ堅固な作りといい、やはりすばらしい仕様だ。
つぎに私はその繊細な4本の弦を指先で優しくなでつけた。
ポロン、ポロン、ポロン、ポロン・・・・・。
ヤシを揺らす白い風とハワイの明美な景色がポッと浮かんでは消える。
品のいい乾いた音色が心地よい。
私は例の教本を取り出し弾き方のイロハから始める事にした。まずは左手でのもち方から本体の抱え方、そしてギターとはまたひとあじ違う右手の人差指のみを使ってのストローク。ひととおり、その教本のページをめくりながら基本中の基本を学んだ。つぎに付属のDVDにも目を通してみる事にした。
時計はすでに午前2時を少しばかり超えてはいたがここまで来てはもう後戻りは出来ない。私はDVDプレーヤーにそのDVD]をセットした。
キューンと中のDVDが高速回転する金属的高音が鳴り響くとテレビ画面に教本と同じタイトルが映し出され、つぎに軽快なウクレレの調べとともにひとりの人物が映し出された。
「みなさんこんにちは、うんぬん・・・」
それは間違いなく、あの人物だった。
数時間前に黒沢楽器のウクレレコーナーで会ったアロハおじさん。
一段とにこやかなアロハおじさんは自慢のウクレレを誇らしげに胸に抱え、テレビ画面のこちら側で口をぽっかりとあけている私に向かって語りかけていた。
これが、縁てやつか・・・・それにしてもなかなか商売上手な人だ、アロハおじさん。
どおりで・・・うまいはずだ。

あれから何年経つのだろう、一点の曇りもない美しい塗装のままのウクレレが静かに黒皮のケースの中で眠っている。確かにあの日だけは明け方まで懸命にレッスンしたものだ。
がっ、翌日からはウクレレを買った事すらすっかりと忘れていて、単調なる日々の流れの中に身を置き変化のないいつもの生活が回っているうちに長い長い年月が過ぎ去ってしまっていた。
ウクレレが泣いている、そろそろその暗闇から抱き上げてゆり起してやらなければいけない・・・いやまて、そんなんじゃない、ゆり起さなければいけないのは私のやる気、そう
遠い夏の日の調べ、あのウクレレ推進気分の方じゃないか。

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