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第90話  約束の行方

  夕闇迫るポート・コロンバス国際空港は見渡すかぎり静寂なる白銀の世界にあった。張り詰めた寒気がその場に降り立った私の肌をさす。イミグレを難無くすり抜け出口に向かって狭い通路を進むと途中人々で賑わうロビーが開け、そのセンタースペースに設けられた小型のステージにはHONDAの大型バイクが2台展示されてあった。
「そうか、ここには全米最大級のHONDAの工場があったはずだ」
そんな観光案内雑誌の記事がふと思い起こされた。
オハイオ州のこの地には商品発注の為に訪れた。
ワパコネタという奥ゆかしく味わい深い町で一夜を過ごし、翌早朝、目的地であるラッセルズ・ポイントへと車を走らせた。
緑の季節であれば極めて牧歌的な風情なのだろうが、なにせ川から湖から全てが氷で覆われ、路面までも凍てつき朝の日を四方八方に乱反射している。まるで厳寒期を向かえた故郷八戸の景観である。
向かった先「GEM」は1974年創業の伝統的なアメカジメーカーだ。
玄関先ではオーナーであるジムが優しい笑顔で迎えてくれた。見るに年の頃は70才を優に越えていると思われた。
全米のあらゆる服飾メーカーが中国やタイなど第3諸国へと生産の地を移しているなか「GEM」はMADE ・IN ・USAにこだわり続けている数少ない会社のひとつだ。その老舗の工場内には長年縫製を担当して来たと思われる年長の方々が黙々とミシンと向き合っている。スタジャンが1着、また1着とその熟練工の手から仕上がっていく様は、決して派手さのない真のアメリカの底力を感じる。デザインから製品化まで一貫してぶれない生産性と揺るがない方向性が潔い。私自身もしっかりと肝に銘ずるべきだろう。
商品の発注も無事に済ませたお茶の席、ひょんな事からビリヤードが話題にのぼった。
「この小さな町では娯楽も少ないからビリヤードが盛んなんだよ」
そう言うとジムはにこりと微笑んだ。
毎週末、大勢の友人達が彼の家に集まってはゲームを楽しむと言う。そう言えば、この工場への道すがら偶然にも彼の自宅の前を通り掛かった。広大無辺な湖へと突き出た半島の突端にボートハウスを備えた瀟洒な家、あたりを一望出来るガラス張りのプレイルームがどうやらそれらしい。
「私もここ何年かビリヤードをやっています、ぜひあなたと対戦してみたいですね」
ビリヤードを軽くかじった程度の私からさも立派な口振りが飛び出した。
「ほぉ~君もやるのか、それは面白い、今日はまだ仕事が詰まっているから無理だが、次回はぜひ泊まりで来ないか、その時は対戦しよう」
ジムの優しい目がキラリと輝いた。
「オーケー・カモン・ベイベー!」
このタイミングで、ついつい私の軽口がぽろりとすべった。
彼の優しかった目は瞬く間に獲物を狙う鷹の目へと豹変した。
(うわぁ~やばい、燃えてる!)
なめてんじゃねーぞこの小僧が、と、並々ならぬ気迫が伝わって来る。まるで老齢を感じさせない無垢な闘争心が顔を覗かせた。いやはや、さすがはオハイオの頑固オヤジ。
「ぜひまた来ます、その時はよろしく」
私が言葉を続けると彼の目は再び優しいものとなった。まだまだ誰にも負けないぞ、と言った気概とその真直ぐな心が、これからもこのMADE・IN・USAを守り続けて行く事だろう。
そして、そろそろその約束を果たせる日も近い。
「カモン・ベイべー!」
対戦前に再び発してやるつもりだ。

(デーリー東北新聞連載・第8話)

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