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第81話  ファインズスカイ

  深い眠りからすっかりと目覚めた木々が、背伸びでもする様にぐんぐん枝葉を天へと伸ばす。萌え立つ季節がやってきた。
思えば昨年の今頃、辺に氾濫する生命の息吹に触発されてしまったのか、ジョギングというとても不馴れな行動へと駆り立てられた。学生の頃はマラソン大会と聞くだけで虫酸が走り、ほとんどの大会参加を拒否し続けた私が今さら走りだすとは、と言った所だ。
毎日が画一的になんとなく過ぎ去り、刺激らしい刺激も見当たらず日々悶々と過ごしていた。朝目覚めて飯を食い、そのまま仕事に向かい目の前の仕事をひとつひとつそつなくこなし終業を向かえる。長い年月、この繰り返しのなかで鬱積した負の感情が精神を圧迫し、怠惰な生活が体をも不甲斐ないものへと変えていた。
気がつくとベルトのバックルの上にぽってりと腹肉がのっている。これではまずいでしょ!さすがにそう思い一念発起、心と体が刺激と変化を欲していたのだ。体の深層でまったりと眠り続ける持久力を目覚めさせることができるのか、未知への第一歩。
最初はウォーキングから入った。
早朝、種差海岸まで足を伸ばし初夏の潮騒をBGMにひたすら歩いてみた。頬を伝う一筋の汗が心地よい。翌日も向かった。徐々に体内の若い分子がざわめき出し歩く距離も数倍に伸びていった。日々距離が伸びるにつれ、歩く行為に物足りなさを感じ始めた私は、数日後、とうとう走り出してしまった。
しかし、これがまた苦しいのなんのってとんでもない。肺がどこまでも限り無く酸素を欲しがり、心臓は今まで味わったこともない速度で鼓動を打ならす、なんだか視野までも狭くなってきた。もうだめだ、もう止まろうと何度も何度も脳裏を過ぎったおり、もうひとりの自堕落な自分が言い放った。
「止まれば!」
この投げやりで冷淡な一言に奮起し、心に決めていた距離をとうとう走りきった。水を含んだスポンジをギュッと絞るように大量の汗が流れ出た。長年蓄積された老廃物が音をたてて吹出す感覚、まるで体が透き徹っていくようだ。爽やかな達成感で全てを満たされた私は激しい息のまま足元の芝生へとごろり寝転んだ。次の瞬間、目の前に広がる世界に思わず息をのんだ。
私の視野の端から端まで全てを真っ青に輝く茫漠たる空が支配し、心地よい透明感で満たされていた。
「なんじゃこりゃー!」
70年代の刑事ドラマを彷彿とさせる直実なセリフが口を衝いた。そこには今までに感じた事のない全てをゆるしてしまうやさしさがあった。頭上に常にある「空」を普段の生活の中で特に気にする事もなく見過ごしてしまっていた。その限りない空間は、私の心の老廃物をぐんぐんと吸い取ってくれていた。偶然ながら思い掛けない大発見であった。それからは時折頭上の空を見上げては英気を補充した。寒気が居座っていたこの数ヶ月で、私の体は昨年のそれへと逆戻り、腹肉もしっかりとバックルの上にのっている。
そろそろまたあの大空へと走り出さなくてはいけない。

(デーリー東北新聞連載・第2話)

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