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第72話  ホットな時間

荒涼とした砂漠地帯を掛け抜け、車はもうすぐロサンゼルス市街へ、といったところまで
来ていた。そのタイミングで、ハイウェイの出口をひとつ見過ごしてしまった私は、その
責任はお前にあるだろうとばかりに、K一号(以下K)に向かって突慳貪に言い放った。
「ナンバーじゃなくてストリートの名前で言えよ!その方が分りやすいだろ!」
路側帯に設置してあった表示プレートに印されてあるナンバーの一部が、生い茂る街路樹
に隠れて見えなかったのが原因だった。簡単にやり過ごせば単なる小さなミスで記憶にも
残らない程のささやかな事件なのだが、何がそうさせたのか心地の悪い表現が私の口から
滑り出てしまった。
「昨日のハイウェイではナンバーで言ったじゃないですか、今回も俺はしっかりとそれで
伝えたはずですよ。ちゃんと見てなかったでしょまた!」
理不尽だと言わんばかりにKはやや強い口調で私へと言い返した。
確かに昨日はそうだった。
買付けでは初めてサンディエゴ方面へと出向いていた時だ。目的地は、前日にオレンジシ
ティーにあるアンティークショップで知り合った年配の女性からの情報で得たものだった
。残念ながら彼女はその目的地の地名を忘れてしまったらしく、ハイウェイの出口のナン
バーだけを私達に教えてくれたのである。降り立つはずの地名がインプットされていない
私達は、記されたナンバーを頼りに走り続けたのだ。そのナンバーをまめにチェックし的
確に誘導してくれたのが、Kであった。
その流れの中、今回も的確なナンバーを教えたのにも関わらず、ナンバーでは解らないと
私に言われたものだからさあ大変、奴の心が瞬時に色を変えたのだ。車内にはなにやら陰
鬱な空気が音も無く充満し、堪え難い時間がゆっくりと流れ出した。私の心が思いがけぬ
事態に凍えそうになる。
それでもぐっと堪え、この深海のような息苦しさのなかでも取合えず奴の様子を観察しよ
うと、器用にも私は片目だけでちらりと助手席側を覗いてみたのだ。
(わぁお~!こいつ怒ってる。完璧に怒ってる顔じゃないか。)
その横顔は極度の憤慨を必死に押さえているのだろう、わなわなと頬のあたりから目元に
向って微妙な震えが走り、明らかにふた昔前の不良少年時代の面影がちらり顔を覗かせて
いた。ずっと昔、奴の部屋のテーブルの上に置かれてあったフォトフレームのなか、セピ
アに色褪せた年代物の写真の中の奴とだぶった。これはまずい事になったと思った。

Tb-timesを始めてから、年に数回はアメリカ本土やハワイなどに出向いていた。
回数をこなして行くうちに、懐かしくも、初めての買付けの仕事に同行してくれたKの姿
がぽっかりと浮んだ。
右も左も言葉も解らない、それは全くもって行き当りばったりの旅だった。
ハイウェイではポリスに止められてとっちめられたり、レストランでは洗面器程もある大
型のピザが私達の目の前に一枚ずつ配られたり、路線が解らずに右往左往しながら当然の
様に道にまよったりと数々の失敗をくり返していたものだ。しかし今となってみればそれ
はみな楽しかった経験へとすり変わり、掛替えのない想い出となっている。
あれからどれ位の季節が私達の回りを巡った事だろう、現在では奴も経営者としての道を
歩んでいる。計りしれない気苦労もあっただろうがよく頑張ってきたものだと感心する。
奴が、その奴がもしかりに10日間程度の休みを取れるものなら、また一緒にカリフォル
ニアを巡ってみたいものだと思い立ったのだ。そこで私は、我々の近況報告も兼ねてKへ
と連絡を取ってみる事にした。十代の頃と何ひとつ変わらない穏やかな声と緩やかなイン
トネーションが懐かしい。他愛無い話の後にアメリカ出張を臭わせてみると、「行きまし
ょう」と二つ返事で乗ってくれた。
話は想像以上に簡単に決まった。

ロサンゼルスへと降り立った私達は新鮮な気持ちだった。
考えてみると、一緒はかれこれ15年振りになるか。
早速サンタモニカビーチ沿いにあるいつもの宿へと車で向かった。そこは1950年代の
アメリカ黄金期には既に存在していたホテルで、その黄金期へと瞬時に私達をタイムスリ
ップさせてくれる魅力をもっていた。壁から階段の手摺、ドアからルームナンバープレー
ト、プールから中庭に至まで全てにその歴史的価値が散らばっている。永年の風雨に耐え
続けて来たその建物は凛とした佇まいと共に奥ゆかしい美しさをも兼ね備えている堅固な
ものだった。

私達の行動の手順としてはいつものパターンを崩す事もなくローズボールスタジアム、ロ
ングビーチなどのフリーマーケット、ポモナ、オレンジなどのアンティークモールでの買
付けである。滞在は三日目に入りちょうどオレンジでの買付けを滞りなくすませた日の午
後、私達はロサンゼルス近郊のタイ料理屋でおやつ代わりのフォーを空の胃袋へとかっ込
んでいた。
「さっきあのアンティークショップのおばちゃんが言ってたサンディエゴ方面にあるアン
ティークモールどうする、明日は予定ないから、もし行くなら明日でも行ってみようかな
?」
「そうすね、滞在もタイトな訳だから予定がなかったら行きましょうよ。遠出もたぶん楽
しいものですよ」
「そうだな、せっかくだからそうしようか」
私達の胃袋に優しい米の麺が心地良い満腹感をもたらした。
車で通りがかりにふらりと入ったこのタイ料理屋はどうやらつい最近オープンした店のよ
うだった。真新しい内装にスタッフの真新しいコック服の白が目に眩しい。中華料理屋は
あちこちでよく食くすのだが、ここロサンゼルスでのタイ料理は初めての経験であった。
珍しさのあまり忙しく立ち働くスタッフのひとりに声を掛けてみた。
「ここはいつオープンしたの」
「先月です、まだオープンしたばっかりですよ」
「あ、そう、ところでタイ料理だけにやはり皆さんはタイの人なの?」
「いいえ、私は中国人ですよ、みんなもそうだよ」
「えーーーーーーーーーーーっ」
当たり前の事さ的、さりげない答えに私は愕然としてしまった。
中国人は今や日本料理や韓国料理にも多数進出している。世界中に広がる中国人の力強さ
がひしひしと伝わって来ると言うものだ。
「また来てね」
会計を済ませた私達にタイ料理屋の中国人はにこりと微笑んだ。

そして・・・その朝・・・私達はサンディエゴ方面へと車を走らせていた。燦々とふり注
ぐカリフォルニアの眩しい陽光とそれをいっそう引き立てている真っ青な空が、今日一日
を楽しいものにしてくれる事だろう、と、思っていた。

教えてもらったナンバーを確認しその出口からハイウェイを降りてはみたものの、そのア
ンティークモールが一向に見つからない。なにぶん地名が解らないと言うところが痛い。
数人に尋ねてはみたものの誰もそのアンティークモールを知らないと言うし、またこの辺
りにはそんな所は無いとも言う。散々捜しまわったのだが探し当てる事は出来ずにとうと
うあきらめた。結局、その町のインド料理屋でカレーを食して帰る事となった。(ここの
カレー屋は間違い無くインド人がやっていた。)貴重な時間を、私達は丸一日を棒に振っ
てしまったのである。
気分も冴えないままにハンドルを握っていた、私なのであった。

そもそもこれが原因なのだ。
仮にアンティークモールが直ぐに見つかり、そこでお宝ザックザクに遭遇していればこん
な些細な事でこんな風にぶつかり合ったりはしないのである。
これから先まだまだ一緒に行動しなければならない関係なにの、こんな形でギクシャクし
てしまっては取り返しがつかないではないか。これは私自身の愚行からである事は重々承
知している。今更ながらつまらない言い掛かりを付けてしまった事に心の奥底で反省もし
ていた。だが、それをどうゆう形で表現したら良いものかが解らずに悩んでいた。素直に
謝るのは癪に障るし・・・この深い森の中に迷いこんでしまった孤独な感情をどう払拭し
ようか考えが巡り続ける、が、こんな異境の地であれこれ逡巡している場合ではないよう
だ。

「腹減ってないか?」
私は精一杯に軽やか声と顔を作り上げ、今朝目覚めたばかりの何事も無かった的演技で颯
爽と話し掛けてみた。
「減ってないすよ・・・・。」
むむ、手強そうだ。
「そうだよな・・今のはさ・・俺が・・悪かったよな。すまん、謝るよ。だからさ・・昨
日行ったタイ料理屋でまたフォーでも食わないか。もちろん俺がおごってやるよ。だから
、機嫌直してくれよ。ほんと俺が悪かった。なっなっ」
「・・・・・・・・・解りました、いいっすよ。だけど突然あんな事いうからびっくりし
ましたよ。ほんと時間差で性格変わるんだから」
「はっはっはっは~すまんすまん、まあそれも含めてごめんな」

なんとかうまくいった、私は内心ほっとした。
親しいだけに気のゆるみが我がままにつながってしまう、気を付けなければいけないと深
く反省した。

タイ料理屋の例の中国人は再び元気いっぱいに私達を向かえてくれた。
翌日も来店してくれた事をとてもよろこんでくれていた。私達は昨日とは違うフォーを注
文し、昨日と同じ雰囲気でそれを食したのである。
良かった、これで通常通りの生活に戻れる。
平穏を取り戻した安堵感を胸に、食事を済ませた私達は店の玄関を出た。
車はその店のまん前に設置してあるパーキングメーターの前に止めてある。ドアを開け車
に乗り込むと直ぐにある異変に気が付いた。運転席側のワイパーに一枚の紙切れがはさん
であったのだ。私はいったん車を降りてその紙切れを引っこ抜いて覗いて見た。胸中衝撃
が走った。これは・・・どう見ても・・・駐車違反切符と言うものではないのか。
なぜだ?
私達はちゃんとパーキングに止めている訳だし、未だ数分ではあるが時間が残っているで
はないか。こんな理不尽な事があっていいものなのか。私はこのやるせない気持をどこに
ぶつければよいのか途方に暮れてしまった。
すると、何やら路上に目を泳がせていたKが言った。
「これ、多分この時間帯はいくらパーキングでも車を止めてはいけないのかもしれないっ
すね。他の車も全く止まっていないし、きっとそうですよ」
性懲りも無く、私の口からとぼけた悪魔が飛び出した。
「ばーか、お前ナビだろ、それくらいちゃんと分析してここに止める前に言えよ。おかげ
で捕まってしまったじゃねーか」
「何言ってんですか。そんな事まで頭入ってないすよ。それによく知らなきゃ誰だって止
めますよこんなとこ」
「どーすんだよ、こんなとこでキップなんか切られて」
「どーもこーもないっすよ、捕まったんだからしょうがないでしょ。」
先程の深い反省はどこへやら、こうして再び車内は熱い盛り上がりをみせたのである。だ
〜めだこりゃ!

翌日、友人のマルシア女史が言った。
「そのお金はサンタモニカの街の為になるのよ。寄付したと思えばいいじゃない。太陽と
海のこの街のこの道がきれいになるんだから、ね。」
「うん、いい考えですね、それって」
今日もまた、懲りない私達はいつものように朝食を共にし、いつものように車に乗り込み
、そしていつものように胸を踊らせ目的地へと向かったのである。

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