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第51話  初・物・語

チーン!
高らかな金属音が突き刺すようにあたり一面に響き渡った。
先程まではかっちかちの鋼鉄のような塊だったさつまいもが、この数分間でふかふかの焼
き芋?いやいや蒸かし芋に変わった。
「奇跡が起きた!」と小学校3年生の私は思った。
焼き芋は当時、大型の石油ストーブの上部にあったオーブンスペースに、アルミホイルに
包んでセットして置くのが常識で、焼き上がるまでには30分程の時間を要していた。
それが、熱も発しない小型の四角い箱に突っ込んでおけば、なんの事はない数分足らずで
ふかふかに出来上がるのである。この頃まで頻繁に通っていた銭湯の女湯でキュートなオ
ッパイを目にしたとしてもなんの感動すらももてない未熟な私だったが、これにはえらく
感動したものだ。今では逆だが!
我が家の日曜の昼下がり、初秋の太陽光がほんわかと降り注ぐ南向きの縁側での出来事だ
った。父親はじめ母親から私達幼い兄妹まで全員が見守る中、家電会社のセールスマンが
電子レンジ調理の実演をしてみせたのである。
「これは凄いものだ!」
父親が驚嘆の雄叫びをあげた。
と同時に私達もうんうんと皆首を上下に振り、懸命にうなずいていた。
この時の心理状態とはどんなものだったのだろう。しょっちゅうではないにしろ、今まで
は長い時間をかけてじっくりと焼いていたサツマイモが、ほんの数分で出来上がる摩訶不
思議な魔法の箱を現実の物と認識し、これこそ一家に一台は必要だろう(絶対に欲しいー
!)などと心に宿ってしまっていたはずだ。そしてそれは、父親が気に入れば多少高額で
も直ぐに買える物なのだろうと、金銭感覚の備わっていなかった私は何の根拠もなく漠然
とそう思っていたに違い無かった。1960年代の中期で、確か価格は10万円を超えて
いたように記憶している。今考えてみればべらぼうに高額な調理器具だった。
それを・・・やっぱり・・・買ったのである。
次の日からは夢のように「チン!」だけであま〜いサツマイモが食えた。両親はたくさん
のサツマイモを買い置きするようになり、兄妹それぞれがその生のサツマイモをその夢の
箱にセットし文明の進歩と共に食を楽しんだのである。
しかし、三日目、なぜ私はこんなにサツマイモを食っているのだろう?と幼心にも思って
しまった。そんなにサツマイモが好きだったっけ・・・いやいや、簡単に言えば、この文
明の力が我が家に来たからサツマイモを食いだしているのであって、別に毎日も食いたい
訳ではない事に気付いたのだ。
とうとう四日目には飽きてしまった。私同様、他の兄妹もやはり四日目には見向きもしな
くなった。毎食時、現在のように残った料理を冷蔵庫にストックしておく程に余ってしま
うわけでもなく、炊いたご飯はほとんどの家庭が保温状態にして保存しておくのが習慣的
であったので、現在のようにご飯をラップして冷凍にして置く事も全くなかったから、冷
飯を「チン!」という発想はなかった。つまり、サツマイモを「チン!」するだけのため
にこの高価な箱を買ってしまったのである。母親が他の料理をこの箱で作った記憶は全く
無い。
一週間もすれば、だれひとりサツマイモを「チン!」するものはいなくなった。
そのうち汚れないようにと電子レンジにはコットンキルトのカバーがかけられ、本体の姿
が視線から消えてしまったと同時に、その不思議な箱の存在はみんなの記憶からもきれい
に消え去ってしまったのである。

結婚して間も無い頃(1980年)、生活費を稼ぐ為に初めて就職した会社だった。その
会社とは繊維製品の卸問屋で洋服から寝具まで幅広く商品を卸販売していた。会社の商品
は岡山県内からの仕入れが主で、今で言えばデニム地が世界的に有名ではあるが、当時か
ら学生服をはじめ総合的な繊維工場の多い土地柄であった。その地方の多数のメーカーと
約契しており、こちらからの商品発注に関しては電話連絡がメインであった。時に、細か
な書類や絵型などは封筒で郵送するか、早期に送りたい時などは若干割高ではあるが宅配
便などを利用したものだ。何を連絡するにもとにかく時間がかかったり、ちょっとした聞
き違いなどのミスの多い時代であった。
そんな時である。
「ファクシミリ」と呼ばれる、これまた魔法の箱をちょいと小脇に抱えたセールスマンが
突然会社を訪ねてきたのである。大きさは縦横50cm四方で高さも15cmはあるやや
大きめの箱型で、重量もなかなかずっしりとした持ちご堪えのある代物であった。そのセ
ールスマンの話がまた面白い。この箱から電話回線を通じて書類をどんなに遠いところで
も簡単に送れるというのである。
(一般的に普及しはじめたのは1980年代半ばで、当時一般での使用はほとんどなかっ
た。)
なんておばかな事を言っているのか、新手の詐欺には引っ掛かってはいけない、
社長はそんな風に思っていたのかもしれない「なにふざけた事を言ってるんだ」とばかり
にややあきれ口調でそのセールスマンへと口を開いた。
「じゃあ何か試しに送ってみてよ!」
「あっよろしいんですか、ありがとうございます。それでは当社からこちらの会社あてに
メッセージを送ってみますね。ちょっと電話回線をお借りします。」
間髪容れない慣れたタイミングで言葉が返った、セールスマンにとってはしめしめと思っ
た社長の言葉だったに違い無い。彼は事務所に設置してある電話の配線を一時抜き取り、
「ファクシミリ」と呼ばれるその機械から出ている配線をそこへと差し込んだのである。
「これでセットは完了です。これから当社にセット済みの連絡を入れますので、その後す
ぐに書類が送られて来るはずです、その間少しお待ち下さい。」
皆は無言でそのファクシミリと呼ばれる機械をジッと見つめた。
しばらくするとセールスマンの言う通りにその機械から電話と同じ呼出し音が鳴りだした

トゥルルルルー・・・トゥルルルルー・・・トゥルルルルー
三回目の呼出し音の後だった。
音が止みしばしの沈黙の後、カチリと金属と何かが触れあう軽快な音がしたかと思うと次
にジーというモーター音が唸りだした。するとその箱の後方部分から薄くて四角い白紙が
するすると流れ出てきたのである。その紙の横幅は約30cm程で滑り出た部分が30c
m、そこの位置で「ピー」とリコーダーのような発信音が鳴り、同時に機械がぴたりとま
った。
皆の熱い視線が、今度はその30cm四方の小さな紙に注がれた。
しかし、確かに白い紙が滑り出ては来たのだが、白いだけで何の変哲も無い紙なのである
。これ位の仕掛けならそんじょそこらに転がっているではないか、と皆いぶかしく感じ始
めていると、側で見ていた社長がその疑問を声にした。
「どうなってるの?ただの白い紙じゃない。」
「いえいえ、これはですね、この紙の裏面にあるんです。」
社長の後にすかさず言葉を返したセールスマンは、その四角い紙の両のはしっこの部分を
両手でそれぞれ摘むと、一方向へとちぎり取るように流した。すると本体側に設置されて
いるギザギザのノコギリ状の薄い鉄板にすれて、きれいにちぎれたのである。そしてその
紙を裏返してみると、そこには送り主である先方の会社の会社名が見て取れ、中央部分に
は大きな文字で「テスト送信」と書かれていたのである。
「おお~これは凄い!」
社長はそのあわい脳天から驚嘆の響きを放射した。
と同時に私達スタッフからもざわめきが沸き上がった。
書類をそのまま送信出来るという画期的な技術に対する驚きと、これを使えばどんなにも
便利なのだろうという心の揺らめきと、発注ミスがなくなるかもしれないという安心感が
皆の気持ちを捕えてしまった。
無精者にとってのバラ色の将来が約束された。
「これは買いでしょー」皆が心で思い念じて膨れ上った大きな気が社長ひとりの小さな気
を支配し、気が付けば契約書にサインをさせていた。
数日後、それは届いた。
ピッカピカのファクシミリは会社の一番目立つカウンターの上に置かれた。
実に美しく輝かしい姿だ。
来る人来る人「これ何」と訪ねる。
私達は自慢げにその人々に「これ」について説明してあげるのである。すると皆は「おお
ーそれは凄い!」と羨むのである。そんな楽しい日々が一週間も続いていただろうか、ふ
っとある疑問が生じた。
皆には書類が送れるだとか、画期的だとか、このあたりでは初だとか言ってるわりには未
だ一度も起動させてはいないのである。もちろん何処からか書類が送られて来る事もただ
の一度もないのだ。未だ書類は封筒に入れ、以前のように郵便局まで行って投函していた
し、これでは高価な物を設置した意味がないではないか。私は誰からも書類が送られてこ
ないのなら、こちらから何かを送ってみましょうと社長に提案してみた。
力無く社長が口にした。
「んー気持ちは解る、私も送りたいのはやまやまなんだけど、何の事は無い取引先の何処
もまだこのファクシミリを設置してないんだよ、だからこっちからは送る事も出来ないし
、先方からも送られても来ないんだ。すごく便利だと思って設置したんだが、まだちょっ
と早かったみたいだ・・・・。」
そうか、つまり相手方にも同じ機械がなければだめなのだ。こんな単純な事にいまさら気
がつき、がっくりと肩の力が抜けた。

その早熟のファクシミリに初めての送信があったのは、設置から既に一年の歳月が流れ、
皆がその存在をただの邪魔な置物と認識していた頃だった。
丁度一年前、例のセールスマンが披露したあの懐かしいモーター音が会社中に響き渡った
。私達は息をのんでその作動を見つめていた。

ジジジジジジジジジジジジーピーーーーー!
「ファクシミリ入りました! ・・・・株式会社」

単純明解でそっけない文章ではあったが・・・動いた事に・・・なんだか感動した。」

初物は実におもしろい!

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