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第45話  イルカと私(続編)

前回の体験からひと昔分の時空を経て浅虫水族館の事が妙に気になり、十数年振りで再び
見学に行って来る事が出来た。この日も前回とまでは行かないまでもなかなか過激な吹雪
模様で、もしかすれば!などと大いに期待してはいたのだが、その吹雪のわりには来館者
であろうと思われる方々の車の数の多いこと、なんだか大盛況の様子なのである。
早速、駐車場内の空いていた端っこの位置に車を止め、入場券を買おうとカウンターへと
向かって行くと、現在は自動券売機に取って変わっていた。前回はきれいなお姉さんから
手渡しでチケットを購入しているだけに、少々意気消沈気味である。人件費等の経費削減
を考えるとオートメーション化は避けられないのであろう。それはそれで仕方な無いと気
を取り直し、通路の壁に設置してある案内表示に従って進んで行くと、徐々にではあるが
十数年前のリアルな感覚が、まるでタイムスリップでもしたかの様に背筋を経由して蘇っ
て来るではないか。このゾクッと身震いする程のワクワク感はおそらくいくつになっても
変わらず同じなのだろう。
設置順にひとつひとつの水槽をゆっくりと時間を掛けて、愛おしい気持ちを携え眺め倒し
た。
一本の足の長さが2メートルはあろうかと思われる大きな高足蟹は黙って動かない。実際
の海底でもこうなのだろうか?またそれ以前に生きているのだろうか?
電気ウナギの水槽を正拳で軽くこずいてみたが何の反応も無かった。そこで、もう少し強
く行こうかと思ったがひとりの少年がこちらをみていたので止めた。ウミガメも数多くい
たのだがこの水槽の大きさに対して入っている個体の数が多すぎるのではないかと心配に
なった。
ニモのコーナーには子供達の団体が群がり騒いでいるので、とても間近では観賞出来ずに
遠目で諦めた。掻き分けてなど大人気ない事は控えよう。
こんな調子でたくさんの魚達を観賞させてもらっていると、前方にラッコの水槽が見えて
来たのだ。以前は浅虫水族館にはいなかった種類である。私はラッコをテレビでしか見た
事がなかったので期待度は大であった。しかし、念頭にあった印象は体も小振りでムクム
ク毛むくじゃらの可愛いものであったのだが、実際に生で見てみるとこれが思っていた以
上に大柄で、想像していた大きさの3倍程はでかかったのである。しかも、黒く大きく生
ゴムの様に柔軟な身体を、思いっきり縦に引っ張った様に、かなり細長く伸びてスイスイ
海中を泳いでいるのだ。この細長く伸びた感じがどうにもこうにも私の中ではあり得ない
感覚で率直に言って気持ちが悪いのである。確かに顔は小振りで可愛い感じはするのだが
、その泳ぎは極めて豪快で、数尾並んでこれまた思った以上に高速で回遊する姿には圧倒
されてしまった。ガラス越しに私の前を横切る時にチラッと目が合ったのだが、その眼光
鋭い流し目の威圧感といったら、可愛いと言うよりは海獣と言った認識だった。偶然目が
合ったあの一瞬の間に、決して海の中では遭遇したくは無いと思ってしまった。また、こ
のガラス越しでなければ間違い無くさっき私は食われていたかもしれないとも感じたので
ある。
(良い子のみなさんごめんなさい!そんな思いは私だけなのかもしれない?)
次に向かったのはやはり前回も観賞させてもらったアロワナのいる水槽である。ここでも
前回は見る事の出来なかったアジアアロワナに遭遇出来たのだ。感激である。ここまで大
きく美しい個体を見るのは全く初めてで暫くの間立ち尽くして見蕩れてしまっていたので
ある。深い緑色の中に多色が輝くその神秘的な色合いはアジアの秘宝そのものであった。
そのアロワナの水槽の付近にはピラルクの大型水槽も設置してあり、全長約2メートル程
の個体がゆっくりと遊泳しているのである。この個体はまだまだ成長過程でこれから時間
を掛けてさらに大きく成長するのだろう。時折大きな口を最大限に開いて淡水を飲み込む
姿や、サブマリンの様にゆっくりとした方向転換など、その勇姿には偉大なオーラをも感
じた程である。
そんな魚達との目くるめく出会いで水族館を満喫していると(ピン、ポン、パン、ポン)
と待ちに待った例のイルカショーのアナウンスが鳴ったのである。遂にこの十数年越しの
念願の時が訪れるのである。もちろん今回は見る気満々で訪れているので直ちにイルカに
会う為に会場へと向かったのである。
既に会場のプール付近にはたくさんの子供達が陣取り、その後方にはポツポツと数組のカ
ップルや親子連れなどのグループが点在していた。アメリカ人の団体もプールの近場に1
0人程が陣取っていた。どうやら大人ひとりでの来場は私だけなのかもしれない。初めて
と言う事もありやや気後れしてしまうのだが、擂鉢上の一番後方の高台席が薄暗く目立た
ないだろうと、そこで見物する事にした。

女性トレーナーの合図と共に始まったこのショーを目の当りにして、私は全身に鳥肌が立
って来るのが分かる程の感動を味わっていた。テレビでしか見た事の無かったイルカの、
実際の巨大さとそのキュートな瞳と仕草、そしてあの素晴らしい運動神経を駆使した見事
なパフォーマンス。イルカと言う動物がなぜあそこまでをこなせるのか不思議で不思議で
しょうがなかった。まるで言葉が通じて、会話が成り立っているのではないかと思われた
。入場時の気後れはなんのその、ショーの中盤からは中腰になってそのパフォーマンスに
見入っている自分がいた。しかもイルカを(失敗するなよ~!ジャンプしてプールに戻る
時にプールの縁にしっぽぶつけるとケガするぞ!気~付けろよ~!)などと心配している
始末であった。

トレーナーのお姉さんの側では、たくさんの子供達が順番にボールをイルカに向かって投
げたり、腕の振り方によってイルカを左右に回転させたりなどたくさんの遊びを楽しませ
てもらっていた。観客席の中段位までも飛ばして来る、イルカのしっぽでの水しぶきなど
でも大いに観客達は盛り上がっていた。中にはまともに大きな水の固まりを全身に浴びせ
られ、水圧の衝撃と精神的ショックとずぶ濡れの冷たさで火が付いた様に泣き出した子供
がいた。運が悪かったのだ。あんなバケツ3杯分はあろうかと思われる程にまとまった水
塊が直撃するなど、そうはあり得ないだろう。あの子はもう二度とここに来たいとは言わ
ないだろうな~。残念だ!
私はこのたった一回のショーでイルカの全てに魅せられてしまった。前回のコラムではこ
のショーを見ないで帰った事を悔やんでいたのだが、今回見て前回のスペシャルショーを
なぜ見なかったのか、増々悔やんでしまった次第である。あれはもう二度とは訪れる事は
無いであろう超スペシャルであったのだから。
客席の一番奥の一番高い席にひとり座り、あまりの衝撃的な感動に酔いしれ身震いし、シ
ョーが終わってもひとり放心状態のままその席に座りこんでいたのだ。“最高!”“すば
らしい!”“なんてかわいいんだ!”と言う三原則の様な言葉が回転しながら胸を過って
行った。前回の悔しさは未だ残るが、今回見に来てやはり良かったのだ。納得出来たでは
ないか!と自身に言い聞かせた。
他の観客もほぼ全員席を立ち、会場にいるのは私ひとりになった。私もそろそろこの席を
立たなくてはならない。数分後、重い腰を上げ軽い放心状態を引きずりながらこの会場を
後にした。
出口の案内表示盤に従って進んで行くと、前方に売店が表れた。

水族館を出た私の手には大きな白いビニール袋がふたつ。中にはイルカせんべい詰め合わ
せが5箱とイルカクッキー詰め合わせが5個入っていた。あまりよく覚えてはいないが買
ったのだ。しかし、誰が食うのだこんなにたくさん。
返品・・・無理か。しょうがない誰かに配ろう。

とにかくまた来るぞ。「チャオ、イルカ達!」

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