Column

第44話  最高のステーキ

肉好きな私である。
その中でも特にステーキには目が無い。霜降りの、脂身部分か赤身部分か区別がつかない
ような超有名高級牛肉も良いのだが、噛みごたえのあるしっかりとした赤身と、やや固め
のプリッと弾力のある脂身の帯が縁側を彩る頑固な牛肉が、どちらかと言えば好きなので
ある。
やはり…サーロインかな。
それをミディアムとウェルダンの中間程度で焼くのだ。それくらい焼いた時に感じる肉本
来の心地よい噛みごたえと内から溢れ出る肉汁、そして軽くきつね色に変色しながらプチ
プチと余分な油を放出し続ける、香ばしく焼き上がった脂身が好きなのである。もちろん
味付けは塩胡椒と少しのガーリックで十分だ。そんなんだから、アメリカ産やオーストラ
リア産牛肉でも何の問題も無く、返って国産よりも旨いと感じる時もあるのだ。
数年前になるが、ライダースなどのレザー商品で世界的なシェアを誇るバンソン社(ボス
トン)へ、スペシャルオーダーの為に足を運んだ事があった。
この時はB.Gと言う恵比寿に本社を置くアパレルメーカーの代表であるY氏と、その部
下であるH君と御一緒させてもらった。
ライダースのパターンそのものには手を加える事は出来なかったので、カラーリングで遊
び心をプラスし、そのシーズンのレザージャケットの注文を無事終える事が出来たのは、
昼時であった。
「それじゃあ飯でも!」と言うことになり、バンソン社のALEN氏と共に近くのSub
wayで昼食を取った。私達はボストンでの仕事が済んだ後ニューヨークを経由し、最終
ラスベガスでの「マジック」と称するアパレルショーを見る予定になっている話をした。
すると彼は「ラスベガスにも行くの?そうか、ラスベガスに行くのなら(GOLDENW
HEEL)でステーキを食った方が良い。あそこのステーキはアメリカで一番だ。いや世
界で一番だ!俺はラスベガスに行くと必ずあそこで高級なステーキを食うんだ!君らもラ
スベガスに行くのならぜひ行くべきだ!」と豪語したのである。ステーキ好きの私にとっ
てはまるで神の声であった。「うわ~行きて~!」と素直に思った。

帰りの車中でY氏が口を開いた。

「(GOLDENWHEEL)は以前一度行った事があるけど、いっぱいいっぱいやった
な~!うまなかったわ~!あれはアメリカ人好みなんやろな~!」と食した経験があるら
しく、あまり乗り気では無い様子だ。しかししかし、肉好きの私としてはやはりどうあれ
一度は味わってみたいのである。そこでなんとか口八丁で口説き落とし、皆でその伝統の
ミートランドへ行く事を了承してもらったのである。
ラスベガスへはロサンゼルスから車での移動である。サンタモニカ在住のシッパーである
R氏も合流し四人で六時間のビジネストリップだ。途中砂漠だらけの風景の中、頭の中は
潤いの油弾け飛ぶステーキの空想でいっぱいであった。

(GOLDENWHEEL)はネオン輝く華やかな彩りの大通りや、それに附随するショ
ッピングセンターなどとは全く無縁な、裏路地を抜けたやや郊外の大きな駐車場が無限に
広がる、暗く寂しい場所にポツリと存在していた。外観はこじんまりとした佇まいであり
、やや拍子抜けの感は歪めない。高級店と聞いていたのだが…その質素な感覚を胸に秘め
たまま扉を開け店内へと進んだ。
しかし入店してびっくり!やはり高級店であった。夜なので外が暗くしっかり店の外観が
掴めていなかったのだ。フロアーはエンジ色の分厚い絨毯が敷き詰められ、高級店には欠
かせないふかふかのゴブラン織りのソファーがならび、お客はほぼドレスアップの正装で
優雅にディナーを楽しんでいた。私達もその豪華な席へと案内され、待望のアメリカで一
番のステーキを注文したのである。

R氏は「ダイス(サイコロ)ステーキ」、Y氏とH君は「ティーボーンステーキ」、そし
て私は小洒落れたネーミングの「NYスタイルステーキ」をチョイスしたのである。
次に添え物としてR氏、Y氏、そして私はボイルしたポテトを注文。これは塩とガーリッ
クの塩梅が抜群でなかなかグッドチョイスであった。
H君はブロッコリーを注文。皆とは別な物をと思ったのだろうが、これはいけなかった。
大きさが、まるで中型のカボチャ大の青々としたブロッコリーが運ばれて来たのだ。しか
も畑から取って来たやつを水洗いしただけの全くの生である。はたしてこれだけを食った
としても腹に収まりきるかどうかの代物だ。
現にこのブロッコリーを渋々摘んでいたH君、戸惑いの表情を浮かべながら、私にも少し
食ってくれと目で訴えて来た。そのアプローチを私が無視していると、ついに甘え口調で
「絶対これ一人じゃ無理ですって、少し食べてくださいよ~!」と来たのだ。
仕方が無い、ひとかけらだけ貰おう。

添え物を摘みながら待つ事20分、遂にステーキが運ばれて来た。
Y氏とH君の「ティーボーンステーキ」。
「で・か・い!」絶句。
ゆうに幅30センチ、厚さ4センチはある。片手で持てるのか?まるでギャートルズの世
界ではないか。私の胃袋がそれを拒絶したのを感じた。

次にRさんの「ダイスステーキ」が運ばれて来た。
この衝撃を目にした瞬間、私は胃袋よりも体が椅子から転げ落ちそうになった、が、なん
とかグッグッと堪えた。
一辺が10センチはある四角いダイス型だ。いや、ダイスというよりはブロック、もしく
は岩じゃないか。これを人にぶつけたら間違いなく死ぬかも知れないと思った。もしR氏
が「ウェルダンで焼いてくれ」などと言ったとしたら、出て来るまでに後2時間は待った
だろうか?・・・ミディアムで良かった。
中身のほとんどは間違いなくレア状態だろう?なかなか中まで火は通ってはいないはずだ

そしていよいよ私の番である。
(どんな怪物が姿を表すのだろう・・・?)
と皆様は何か過大な期待でお待ちでしょうが、それは残念。
私の頼んだ「NYスタイルステーキ」はセレブ的小奇麗な出立ちで、しかも上品な大きさ
であった。私は正直“ホッ”とした。
実はどんな物体が来襲するのか、今までのステーキを目にしているだけに気が気ではなか
ったのだ。
程よい大きさと程よい焼き加減、芳醇で香ばしく見た目も風呂上がりの小麦色の柔肌、そ
れはそれは美しいものであった。
私は心の中で「ラッキー!」と右腕を引いた。そして脇目も振らず一心不乱に一気に平ら
げてしまったのである。
「うまい!ALEN氏の言う通りだ!アメリカで一番だ!アメリカで一番と言う事は世界
で一番だ!」そんな思いで幸せ一杯であった。
幸福を食べ終えあたりを見やった。3人、まるで罰ゲームでも受けているかの様相、苦悶
苦痛の表情で・・・・まだ食べていた。
無理も無い。
あんな巨大な肉の塊を見ているだけでもお腹が一杯である。いくら肉好きの私でも、あれ
は絶対に食いきれないであろう。

しかし、彼等は勇敢な戦士であった。時間をたっぷりと掛けみごとに食いきったのである
。まるで牛一頭食い切った程の雄々しさに加え、見事な放心状態であった。
彼等に掛ける言葉はひとつ「よくやりましたね!おめでとうございます!」
これしかなかった。そして表彰状のひとつでもあげたい感情が湧いた。

私としては再びその店に行きたいのだが、彼等はどうなのだろう?こんな事は返事が想像
出来るだけに恐くて聞いた事は無い。間違いなく首を縦に振る事は無いだろう。やはり次
回はひとりこっそりと行くしかないようだ。

ただ…ひとりで行ったとして(ティーボーンステーキ)はまだしも、例の(ダイスステー
キ)だけは絶対に手を出さないでおこうと心に誓っている。
恐ろし過ぎる別世界の物体であった。

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