Column

第43話  もしや?

私は仕事柄よく新幹線を利用する。以前にも新幹線でのハプニングを書かせてもらったの
だが、正直あれからは全く寝惚けてのあのような滑稽で罪深い失態は無くなり、また常日
頃充分に気を付けてもいるのである。
そんな少しだけ精神的な成長をみた頃であった。
未だ記憶にも新しく、多くの人々の心の中に生々しく残っているであろうアメリカはNY
で勃発したツインタワーでの自爆テロ事件。その事件直後、日本国内にもテロ組織が潜伏
していたという報道が流れ、あわてた政府は各機関に対して厳戒体制を敷いたのである。
自爆テロ犯に銃弾代わりに利用された飛行機に直接結び付く空港では、監視活動や手荷物
検査等がかなり厳しく施され、新幹線車両や乗り入れる駅舎の警備なども万全を極めるま
でに至り、車両内のダストボックスは全て撤去されるなどの処置が取られた程である。
そんな戒厳体制なある日の早朝、私はいつもの東京出張の為八戸駅にいた。出張はほぼ朝
一番の新幹線で出掛けるのがここ数年は続いている。中途半端な時間帯よりは東京到着時
間も早く仕事が捗る事と、また駐車場がスカスカに空いている事もこの早い時間の大きな
メリットのひとつなのである。
キオスクでペットボトルのミネラルウォーターとキシリトールののど飴を買い求め、新幹
線の禁煙の通路側に乗り込むのである。(2007年現在は全ての車両が禁煙になった)
出発までにはまだ10分余りの時間の余裕があった。いつもと変わり無く単行本を読み始
めていると、私の隣で窓側席の方が乗り込んで来たのである。年の頃は50代前半か?な
かなか品の良い雰囲気の女性で、全身黒のロングコートにすっぽりと覆われ、鍔の大きな
黒いハットに茶色の小振りなサングラスと言う出立ちであった。手にはブラウンレザーの
大きなボストンバッグを大事そうに抱えていたので、私は一時席から立ち上がり、その窓
側の席へと誘ったのである。女性は「ありがとう!」と一言気さくな感じでいいながら席
に付くと、その大きなレザーバッグを自身の席の足元にそっと置き、また直ぐに立ち上が
ると無言で何処かへと立ち去ったのである。トイレ、もしくは何か買い物でもあるのだろ
うと思った私は、座り直して再び単行本を読み始めた。時間の経過と共に出発時間となり
新幹線は定刻通りに走り出したのである。だが、先程何処かへと消えた隣の女性はまだ席
に戻ってはいないのだ。まさか買い物の為に車両からちょっとだけ抜け出た際に新幹線が
走り出したのでは?などと考えてもみたのだがまさか?少し待てば戻ってくるだろう。

どれくらい時間が経過したのだろう?

車内放送が始まり「次ぎは盛岡、盛岡に到着しま~す!」とスピーカーからアナウンスが
流れて来たのだ。もう既に盛岡なのだ。が、未だ彼女は戻って来ていないのである。その
盛岡からの多くの乗客も全て乗り終え再び新幹線は走り出したのである。この時点でもや
はり彼女は席に戻っては来ないのである。

(どうしたんだろう?)

確かに乗った筈なのに席に戻って来ない事が不思議に思えて来たのだ。このあたりからや
けに気になり始めた私の目の片隅に、例の彼女が残して行った大きなレザーバッグが飛び
込で来たのである。
(ん~それにしても大きなバッグだ!ずいぶん重そうだったな~!)
私はこの物騒な世界情勢に鑑みると直感的にこれは何かきなくさい臭いがする・・・と感
じ始め、まさか今度は新幹線爆破テロなのでは?などと思ってしまったのである。
その疑いの気持ちがちらっとでも心を過った事がいけなかった。そう考えてしまった瞬間
から良からぬ想像が次から次へと止めど無く湧いてくるのだ。そうなれば標的はそのバッ
グである。バッグの中身が気になって気になってしょうがなくなったのである。

いったい何が入っているのだろう?

何か危険極まりない物が入っているかもしれない?いや、絶対に間違いない!
まるで端から見ると単行本を読んでいるかっこうで座席には座っているのだが、全く目は
活字を追っていない。このままではらちが明かないと考えた私は一度トイレに立ち、序で
私の乗っている車両も含め前後までの3両を彼女がいないか確かめる為に歩いたのである
が、やはり見つける事は出来なかった。
(やはり新幹線から降りたのか?)
と脳裏を過ったのだが、仮にそうだとすれば増々疑わしいではないか。すべての車両を確
認してはいないのだが、彼女自身は少なくとも私の近くにはいないという確信もあったの
で、例のバッグの中身を私自身の為にも確認をしてみようと、右足でコツンコツンと何度
となく突いてみたのだ。すると、ずっしりとした全体的な重量感と粘土質な柔軟な固まり
が足に伝わり、(やはりこれはプラスチック爆弾か何かのヤバイ物に違い無い)
などと確信めいたものに変わってしまったのだ。まさかこの場でバッグを開けて中を覗く
訳にもいかないが、大勢の大切な命にも関わる重大な問題である。今、私はテロという卑
劣で醜悪な行為を阻止しなくてはいけない立場にあるのだ。夕暮れのような薄暗い過去は
どうあれ、今は真っ当に心を入れ替えた正義の騎士である。
もし仙台を越えても彼女が表れないのであれば、車掌にいってバッグの中身を確認しても
らおうと決断したのだ。そう決意したとたん不思議なもので心も落ち着きを取り戻し、後
は粛々とそのタイミングを待ったのである。
車掌はタイミング良くここを通ってくれる事は考えられないので(車掌室までこちらから
出向する必要があるだろう)そう思った矢先であった。
仙台のやや手前でスーと車両の前方のドアが開いた。
その開いたドアから、なんと例の女性が姿を表したのである。とっさに私は身構えてしま
った。彼女は友人らしき同年代の女性と歓談しながらやって来たのだ。
彼女はその女性と別れ際「東京駅に着いたらまたね~!」と言っていた。
私は彼女の為に平静を装い席を立った。彼女は再び気さくに「ありがとう!」というと自
身の席へと座った。直ぐに例の怪しい大きなバッグから、私がかつて見た事も無い程の大
きなおにぎりを取り出し、あんぐりと食べ始めた。
そのおにぎりは男性の握りこぶし程もある丸形のもので、側面に卵大のへこみがあった。
(あの時の・・・・・?)
合間に口に入れる浅漬けのきゅうりを噛む音は、やけにカリカリと心地よい響きであった
。実に旨そうだ。バッグの中身はしっかりとは見えなかったが、そんな事はもうどうでも
良いじゃないか。私はこの数時間気を張っていた分、体よりも精神が疲れ果ててしまって
いた。誰も悪くはない。私の思い違いがいけなかったのだ。世界平和の名の元に、たった
ひとり見えない敵と戦っていたのだ。その敵はとうとう姿を表す事は無かった。
(勘違いも甚だしい!)と顔は素であったが胸の内では大いに笑いが込み上げて来た。
「ハッハッハッ~平和が一番!」と心の中で叫んだと同時に深い眠りに付いた。

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