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第37話  魅惑のシュークリーム

私が生まれて初めてシュークリームと言う魅惑的な味を奏でるファンタジアに遭遇したの
は、品の良いオカッパ頭と黒いレザーのランドセルが良く似合う小学校2年生の時だった
…。
その頃はまだまだ和系のスウィ-ツが主流であり、クリームを使った洋菓子系はせいぜい
誕生会やクリスマスなどで登場するデコレーションケーキ位のもので、おやつとして小洒
落たケーキが3時に出て来る事などはとても考えられない時代であった。
そんなまだまだ同学年の99%以上が包茎な頃の放課後、その日カゼの為授業を休んだY
へ、ある書類を渡して欲しいと担任の先生から頼まれた事があった。
前歯2本となんの用事もなかった私は、頼まれた書類を大事に抱え帰宅路の途中にあるY
の家へと立ち寄ったのである。
そのお使いに同行したのが、既にオヤジに無理矢理チ○コの薄皮をむかれ、稀小枠である
1%未満に属する同級生で唯一包茎ではなかった、幼馴染みのJであった。

Yの家の呼鈴を押すと、中から『は~い!』と言う女性の声が聞こえ、数秒後玄関のドア
が開いた。そこから顔を覗かせたのは、お洒落であり幼心にも魅力的な美形のY母であっ
た。迂闊にも私はその美しさにハートを射貫かれ、直ぐには言葉を発する事が出来なかっ
たのである。するとY母は事を察した様子で『今Yは熱が下がらなくて寝てるのよ~!』
と私達に告げたのだ。私達をお見舞いに来てくれたのだと勘違いしている様子であった。
そのもっともな言葉で平常心に戻った私は、担任の先生から頼まれた事を思い出し、
「これ先生から預かって来ました!」と書類を差し出したのだ。
その書類を受け取ったY母は『あ、そう!それは御苦労様!ちょっと待っててね!』と言
うとそそくさと家の奥へと消え、また直ぐにトレーを片手に玄関先へと戻って来たのであ
る。そしてそのトレーの上には、私達が今まで目にした事も無い歪な物体が2個鎮座して
いたのである。
そう、それがかの有名な「シュークリーム」であった。
『ありがとう。これでも食べて行って!』とその物体を私達に差し出したのである。
私達はその奇妙な物体を手に取り、その玄関先に二人並んで腰を下ろし、恐る恐るそれを
口にしたのである。

パクリと一口食べた瞬間、口の中がバラ色に輝き始め、
(( なんじゃこりゃ~! ))
あまりのおいしさに二人顔を見合わせた程であった。こんなうまい物をかつて食べた事は
無かった。全く初めての経験であった。私達は貪る様に一心不乱に食べた。
その時である。
私のシュークリームの端からひとかたまりのクリームがするりとこぼれたのだ。飛び出た
クリームは事もあろうに私の股間部分にポトリ。

((あ!))と思った次ぎの瞬間であった。

Jが私のその部分に顔を近付け”ペロッ“とその宝石の雫の様なクリームを舐めてしまっ
たのである。これは安々と許せる行為ではなかった。
私は残っているシュークリームを全部口の中に押し込み、両手でJの首を締め上げたので
ある。しかしJも負けじとかかって来たのだ。いわゆる取っ組み合いになったのである。
今考えても食べ物ひとつで情けない話ではあるが、あの美味しさに魅了されてしまい、思
わず手が出てしまったのだろう。
この二人のケンカにY母は慌ててしまったのだが直ぐに機転を利かせ、シュークリームの
追加をあと2個持って来てくれたのだ。
するとどうだ、先程のケンカは何処へやら、私達はそれをもらって何事もなかったかの様
に仲良く家路へと着いたのである。
その道すがらJとふたり、シュ-クリームを少~しづつ今度はこぼさない様に大事に大事
に食べたのである。

(あの時、病気のYは大丈夫だったのだろうか?シュークリームに夢中でYの事など全く
頭には無かった。多分翌日には学校に来たのかもしれないが来なかったかもしれない。記
憶には無い…。)

そんな衝撃的な出会いからなのだろうか?いい年になった今でもケーキの中ではシューク
リームが一番好きなのである。他の種類のケーキ程華やかではないが、素朴な見た目とは
裏腹にサクッとした心地良い触感の表皮と内に潜む濃厚なクリームが混ざりあった瞬間、
”パッ“とえも言われぬ華やかな甘味とコクが口の中いっぱいに広がり、幽かな香ばしさ
が鼻孔をもくすぐるのだ。
これは止められない人生の一品である。

話は近年に飛ぶのだが、2005年9月、K一号(以下K)、O一号(以下O)、O二号
と私を交えた4人でN県T高原にてゴルフに興じた事があった。
この日は不運にも物凄い台風がこの地を直撃してしまい、午後からのラウンドは中止せざ
る終えない状況であった。その後も強い風雨は止む事はなく、この地方を含む広域に大き
な災害をもたらすに至ってしまったのである。
翌日、Oと共に帰る予定になっていたのだが、私達の滞在しているホテルと近隣の駅とを
結ぶ幹線道路が水害の為に崩壊してしまい、どうやら通行止めになってしまった模様であ
った。これにはほとほとまいってしまった。O二号は仕事の関係で、昨夜のうちに車で出
発しておりセーフであった。
何か打開策はないかと、そのホテルの支配人と話し合っていると、彼は『この山を降りる
のではなく、逆に登ってみたらどうだろう』と提案したのだ。
登り切ってひと山超えたS市に出る事が出来れば、そのまま新幹線に乗る事が出来ると言
うのである。
早速ダメ元でもチャレンジしてみようと決意し、K、Oそして私の3人はそのコースへと
向かったのである。やはり大雨の影響で山間部の土壌は不安定な状態に陥っていた。あら
ゆる箇所の山肌が削り取られ土砂崩れを起こし、道路に流出しているのだ。辛うじて車で
走れてはいるが間違い無く通行止めにしてもおかしくはない状況だろう。途中、直径2メ
ートルはあろうかと思われる大岩が道路を塞いでしまい、地元の青年達がショベルカーで
その大岩をどけている所に出くわした事さえあったのだ。
それでもこの無謀な決断が功を奏し、何とかこの惨状から脱出する事が出来たのである。
その直後、案の定その道路も通行止めになったと報道で耳にした次第である。
私達は本当にラッキーであった。
S市到着後、早々に新幹線のチケットだけは買ったのだが、2時間程の有余を持った。
この地で一先ず落着いて食事でもしようと考えたのである。そこでこの地元を知り尽くし
たKに案内してもらい、Kが高校生の頃から通っていると言う老舗の和食屋で、美味しい
ポークソテーとウナギの蒲焼きを食した。最高の贅沢であった。
この嵐を乗り越えた安堵感に包まれてゆっくりと食事が出来た事に感謝である。

時間の経過と共に私達の出発の時間も刻一刻と迫っていた。そこで、T高原ではバタバタ
でお土産を買う事も出来なかったので、ここで買って行こうと言う事になったのだ。
すると、ここでKが『直ぐ近くにシュークリームのうまい店があるんですよ!超うまいっ
すよ!』と言うのである。
「マジで!いいね~!」そう言われたら私は行かずにはいられない。
時間も残り少なかったのだが、早々その店へと車で向かったのである。
その店はS平駅の目と鼻の先にあった。ここでササッとお土産用と自分用にシュークリー
ムを買えばそれで全てがうまく行く筈である。
ところが、シュークリーム、シュークリームと広い店内をいくら探してみてもどこにも見
当たらないのである。あるのは大きなロールケーキだけだ。
とてもこのロールケーキは何本も持って帰れるものではない。しかし、とうとうタイムオ
-バーとなってしまい、止むなく冷凍してあるそのカチカチのロールケーキを3本買い、
この店を後にしたのだった。
S平駅へと向かう車中「やっぱりシュークリームは人気があって売り切れだったんだな~
残念だな~そのうまいやつぜひ食いたかったな~。仕方ない次回にするか~)
とKに向かって一言ぼやいた。
するとKは『へッへッへッ!ごめんなさい。そう言えばシュークリームのうまい店ってこ
こじゃなかった!間違っちゃった!ハッハッハッ~!』といまさら軽く流したのである。

「「な~ん~だ~と~もっと早く言え~!!!!」」
私は運転中のKの首を瞬時に絞めていた。思いっきり力を込めて左右に振ってみた。Kは
ハンドルを必死に握り、目は前方を見据えたままだ。うわぁ~こいつ首を閉められながら
もウインカーを出して左折してる。なかなかやるな~。だがもう一息だッ!

いやいやちょっと待て待て。何をやっているのだ。こんな事昔もあったじゃないか!
回想と同時に我に帰った私は腕の力を緩め、さりげなくKの首から手を離したのである。
私はすっかり理性を失っていた。どうやらあの頃から人格の根底にあるものが全然成長し
ていなかった様だ。わずかな沈黙の後「な~んちゃって~!ハッハッハッ~!」と、今度
は私が苦笑いで流したのであった。
少しだけ自身の心と成長に付いて考えなくてはならないだろうと思った。

(この直後、新幹線に乗る為に駅構内へと向かうと、なんとKママが私達の見送りに出向
いて下さっていたのである。そこでまたお土産をたくさん頂き和やかな雰囲気でこの旅を
締めくくる事が出来たのであった。わざわざ本当にありがとうございました。これからも
お元気で御活躍下さる事を心より願っております。
そしてICHI、誕生日おめでとう!8月26日だったね。Kと一緒にディナーでも楽し
んで下さい。私達も皆お祝していますよ。バンザ~イ!)

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