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第14話  タフネスK

考えてみると、店のスタッフのイニシャルにはKが多い。
そしてこれはスタッフK三号の物語である。
Kは水産高校と言う、漁業を営む方々の為の学校を卒業していた。
その高校では、ひとつ間違えると命に関わる潜水などの授業もあり、やはり本気で学ばな
ければならなかった。
その危険な潜水の授業中水深20メートルの所にKは潜っていた。
その最中なぜか妙に息苦しさを感じたKは、ふと酸素ボンベのメーターを確認してみたの
だ。そしてそれに視線を移した瞬間、Kは我が目を疑った。
なんと、ボンベの酸素残量を示す針が、0を指しているではないか。

だが潜水病と言う難題の為、素早く海面まで上がる事は決して出来ない。それは死をも意
味する行為である。
そこでどうしようかと慌ててパニックに落ち入る寸前、運良く5メートル程先に一緒に潜
っていた同級生を発見する事が出来たのだ。
そこでKは素早く大きく手を振り、この窮地を同級生に伝えようとしたのだった。
だが、そのKの大胆な身振りを視認出来た同級生は「ニコッ」と微笑み、海の中で出会っ
たうれしさに、Kに向かって大きく手を振り返し、親指まで立てて何処かへ楽しそうに消
えてしまったのだ。
さあ大変、既に酸素ボンベは空になり、友達も去って行ったショックで意識まで飛びそう
になっていた。

(もうだめだ。俺の人生もこれまでか?)

と思った瞬間、そこへやっと救世主が表れた。やはり一緒に潜っていた教官である。
Kの窮地を察した教官は、素早く自分の酸素吸入器を口から外し、Kの口へとねじ込んで
くれたのだった。
そしてふたり、交互に酸素を吸いながら、ゆっくりと海面を目差したのだった。奇跡の生
還を果たしたKはその後あっさりと漁師の道を捨て、洋服屋の道へと転身したのである。
高校時代レスリング部にも所属していたと言うKはもちろん体も強かったが、なにより
腹が最強だった
お袋さんが翌日捨てようとしていた腐ったまんじゅうを、夜食として知らずに全て平らげ
た時もKの腹の具合はなんとも無かった。
(翌朝、それを知ったお袋さんは慌てていたらしい)。
とにかく、どんな物を口にしても腹痛や下痢などかつて一度も無いと言うのだ。
まるでサルモネラ菌をも消化し、そして栄養に変えているかの様である。

だが私は、Kがただひとつだけどうしても口に出来なかった物を知っている。
ある日Kは昼食の為自前の弁当を抱えて、いつもの様に事務所へと消えた。
だが、その日は直ぐに蓋を開けたままの弁当を抱え私の所へと走って来たのである。
それは、なんとその弁当箱の中に生きたハエが入っていたらしく、蓋を開けた瞬間飛び
去ったそうで、お袋さんが朝弁当を作った時にどこからか侵入していたらしいのだ。
ただ、中に閉じ込められたハエは命の危険を感じ、最後の力を振り絞りおかずである鳥の
からあげに、

卵をびっしりと産んでいたのだった

それを見た私は鳥肌がたった。
どう見てもその乳白色のツブツブの一団が途轍も無く気持ち悪いのだ。
しかもその弁当箱の中で5時間位は生活していた筈だ。とても食えたものではない。
だがその後Kはそのまま事務所へ戻ると、からあげの

ハエの卵の付着した部分の衣だけを取り除き、なんと普通に食いだしたのだ。

そして完食してしまった。(スタッフ一同唖然…。)
私はそんなKを見て、こいつは何処へ行っても生きていける事を実感させられていた。
たいした腹と海底で培われた根性と能天気な男らしさである?

ただ、先程書いた様にこの時Kはハエの卵だけはやはり食えなかったのだ。
(だけどやっぱり、だれも食えないよね!)
ちなみに、2005年現在Kは原宿のC.Aと言うSHOPの店長として活躍中である。
時も経ち、今ではさらに成長しもう好き嫌い無く(各種卵全般も)なんでも食えている頃
であろう。

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