ここ数年、今から思えば5年程前あたりからだろうか、ビンテージジーンズを身に纏う洒落ぶる芸能人がちらりほらりと姿を現し始めた。それにつられる様にじわりじわりとその風潮が世間に浸透し出しながら昨今に至る。
1980 年代後半、私がセレクトショップを初めて出店する事を決断したそのあたりにそんなビンテージ古着の一大ムーブメントが発生していた。リーバイスXX、557Gジャンをはじめそれこそあらゆるアメリカのデニムメーカーの当時物の商品が高額で取引されていたものだ。当然の様に私のショップでも取扱いがあり、時折アメリカへも買い付けに向かったものだ。しかし、ふらりと一見の素人がそのビンテージの世界に入り込んだところで、すこぶるいいお宝なんて簡単に手に入るものではなかった。すでにアメリカにはビンテージバイヤーが多数存在していて、どこに行っても最初につかまされる物はまるで廃棄寸前のゴミのような代物ばかりであった。それを続けて行く事によって信頼と言うものを蓄え、それによって徐々に良い商品が手に入るようになるのである。
ただ、パサディナのローズボールフットボール場で毎月第2日曜日の1日だけ行われている全米最大級のフリーマーケットだけは、ある程度一見でもそれなりの物を買い付ける事が出来ていた。この頃はまだこのデニムにおけるビンテージ物の人気はこのアメリカ本土ではそれ程の過熱感はなかったようで、強いて言えば日本国内から大きく火が付いたと言っても過言ではかった。だからその広大なフリーマーケットの無数の出店者から直接買える環境は私のようなまだまだバイヤーとして浅い人間にも門戸を開いてくれていたのである。ただやはり、ここにも日本の大手のバイヤー連中が2トン車等で乗り付け、その荷台の大箱パンパンにビンテージデニムを詰め込んで帰って行くのが常であった。私はと言えば、そのおこぼれをピックするのが関の山、それでもなかなか良い物をゲットで来ていたのは間違いの無い事だった。なにせ、出店しているアメリカ人の大半はその年代物のジーンズ等を単なる古着と捉えているようで、今思えばかなりの安値と言ってよかった。私はそのビンテージジーンズももちろんの事だが、それ以上に嗜好にあったのが50年代から60年代の家具や雑貨だった。そこで早々と日本人バイヤーにピックされていくビンテージデニム類をその早い時間帯一緒に最初にピックに出掛けて行き、その後にゆっくりと、広大な古着エリアよりもさらに広大な家具雑貨エリアに移動しじっくりと見て回ったものだった。これが私にとって至福のひと時、と言ってよかった。いい時間だった。楽しめている実感が胸の奥底から湧いてきてくすぐったくてにやけてしまう。あれもこれもと網膜が喜んでいるのが分かる。
休日の夕暮れ時、ビールを片手にYouTubeを眺めていると「インスピレーション」の表題が目に入った。間違いなければ以前から知っているLAのビンテージファッションイベントなのかもしれない。確か田中凛太朗氏が十数年前にスタートさせた奴だ。写真集もかなりの部数出版していて私のショップでも以前販売していた。ただLAのイベントとしてはその背景がなぜか日本ぽいのはなぜだ、「そうかこれは時を経てとうとう日本でもこのイベントをやっているのか」と気づいた。大きな空間には数々の日本国内有名ショップが軒を連ねていた。すばらしい品揃えだ、と感心する。「かまいたち」の山内氏がMCとして登場、彼も芸能界ではなかなかのビンテージコレクターとして名が通っている人間なので、打って付けの抜擢。彼が紹介している中のひとつのショップにあった尾錠付きのジーンズ。色は70%は残っている。非常に状態もサイズもよさそうだ。それなりにレングスもある。ダメージはほぼ無い。ヒップポケットは右側ひとつ。サスペンダー用のドーナツボタンが前後にトータル6個付く。貴重な1800年代モデルである。それにしてもその年代物にしては最高のコンディションである。山内氏が値段を尋ねる。円換算で約4000万円です、とショップスタッフからの返答が我リビングに響く。昔と一桁違っている事に私は唖然としてしまった。驚愕、と言っていい数字だった。そう言えばこの番組を見る以前にちらりと耳にした事実が蘇った。1944年あたりに作られたモデルは、大戦時の為に物資を節約して作られていたので、Gジャンで言えばポケットのフラップが排除されていたりジーンズではボタンを安価なドーナツボタンに変えられさらにひとつ減らされていたりとか、当たり前と違った感が現代では重宝されていた。その大戦モデルのGジャンのデットストックが出ていたのである。値段は驚異の5000万円と言う強烈なものだった。もはや資産以外の何物でもない。さて先の4000万円の1800年代モデルだが、今年2026を迎える今、考えると作られてからゆうに100年を超えているのが分かる。それは、すでにビンテージの域を超えている、そう、まさにアンティークの世界に入り込んでいるのである。アンティークの家具や絵画にも匹敵するお宝へと生まれ変わっているのである。
時代は休むことなく濁流のごとく先へ先へと流れ続け、取り残されて来たものは恒久的時間を内包しながら徐々に輝き始めてくる。時代が進めば進むほどにそれらはその輝きを増していく。もう使わないからと捨てられ排除されていった物の多大さが、逆に生き残ってきた物の価値を上げていく。
ジーンズはすでにアンティークと化した、それはすでに高級資産的物品となり果て、一般的には手の出せない怪物へと化してしまった。