Column

第230話  Y君笑う

何がきっかけだったろう、Y君が営むヘアサロンへと足を運ぶようになったのは。
今ではその起源を掘り起こすことは難しいが、かれこれ数十年は通っている。なにしろ彼は丁寧である。ゆっくりと時間をかけて髪を洗いそして髪を切る。決して焦ることは無い。
時折発するジョークはまったくつまらないが、指先は妖艶な女性なみの美しさでにその年の割に髪の毛は黒く艶やかだ。
私はと言えば、ここの所随分と白髪が増えた。
髪の毛の抜ける家系ではないのでそこのところの大きな心配は無いのだが、その白髪とともに近頃なんだか髪の毛が瘦せてきたような気がしてならない。白黒関係なく1本1本が以前よりも随分と細くなったような感覚だ。
その頭髪、昔はゴワゴワとした感触で、指でかきあげるとその剛健さが指に腰の強さを伝えてきたものだが、今ではその抵抗感空しくなんだかしんなりとなめらかなのである。
そんなんだから、シャワーの時や後のドライヤーで髪を乾かす作業のときに、果たしてこの髪は大丈夫なのかと不安になる。
と言うのも、髪が白くなり、ましてや痩せてきているので、その密度と言うそもそもが心もとなく映るのである。数年前よりも頭皮が浮き出てきているようないやな感覚にとらわれ、なんだかやばくない?なんて思ってしまうのである。
近頃では家でのシャンプーは優しくするようになったし、そのY君にもこの頃、優しく洗うように要望もしたのである。
先日は、忙しさにかまけて半年ほど行けてなかったY君のヘアサロンへと足を運んだ。
当然ながらロン毛の少し手前くらいまで伸びた髪を見て、Y君は呆れた面持ちで言った。
「こんなに伸ばして、1か月に1回は来なくちゃだめだよ」
「ごめんごめん、タイミング逃しちゃって」
私は、取りあえず平和的に流した。
髪が長かろうが短かろうがY君のカットはいつものように整然と美しい。
終盤、2度目のシャンプーを済ませ元の椅子へと戻り、ドライヤーで髪を乾かしそしてナチュラルに髪の毛をセットする。いつもの流れだ。
そして最後の仕上げ、セットしたその髪の毛全体を見回したY君はおもむろに電動シェーバーを手に取ると、私のおでこの生え際へとそれを向けたのである。
今の私にとってその領域は聖域なのである。なにびとも、いや私自身でさえもその聖域には立ち入らないようにしている,たとえムダ毛があったとしても、だ。
様子を伺っているとそれは容赦なくずんずんと突き進み、とうとう私のその大事な部分の産毛をカリカリッと刈ったのである。
待て待て、私の心の声が叫んだと同時に声が出た。
「おいおい、そこは止めようよ、せっかく生えてるんだから」
「ん、何言ってんの、ほんのちょっとだよ、こんなのが何本かあちこち向いてる方がかっこ悪いでしょ、この分カットしたって何ともないよ」
間髪入れずにY君が言った。
「そうかな、でももういいよカットしなくて、残しとくよ、だからもう大丈夫」
私がそう言うと、Y君が笑った。
「そんなこと言うようになったんだ、時代だね」
Y君がまた笑った。

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