私にとっての冬季オリンピックは、1972年に開催された札幌オリンピックである。
トワ・エ・モアの歌う「虹と雪のバラード」、この楽曲は今でも私の心の中に深く深く刻み込まれている。当時12歳だった私は、そのオリンピック自体には別段興味はなかった。もちろん日本選手がそれぞれの種目で活躍している姿をたまたまテレビで見かけた時は頑張ってほしいと願う気持ちもあったが、そのテレビ自体を夜まで見ていることが少なかったから、そんな機会も少ないものだった。夕食が済むと当然のように私は自室へと向かった。ただ、そんな時でも耳の中に残響の様に響き渡っていたのがその「虹と雪のバラード」だった。その楽曲がとても印象的で、それだけはまるで脳内麻薬の様に自然に体内に溶け込んだ。
薄暗いこの小さな部屋でも聞いてみたい、そう思った。
一日のお小遣いが50円ほどの私には到底音楽的機器を買う余裕などはない。そこで考えた。確か小学生用の科学と学習だったか、そんな科学雑誌の片隅に一石ラジオの作り方が載っていたのを思い出した。早速その雑誌を引っ張り出してみる。その記事には、時々見かけるその辺に捨ててあるブラウン管テレビ、その基盤の一部に使われている「ダイオード」と「コンデンサ」があれば出来ると書いてあった。あの時代、今と違ってゴミ出しなんかは適当なものだった。燃えるゴミも燃えないゴミも黒いゴミ袋に一緒に入れていたものだ。それに今では考えられないが、道端のあちらこちらにテレビや洗濯機などの使われなくなった家電製品がゴロゴロと転がっていたものだ。ある日の小学校からの帰宅時、道端に転がっていたひとつのテレビが目に入った。そのテレビは、自暴自棄な誰かに蹴られたか棒で殴られたのが分からないが、外枠が粉砕されていて、中の基盤が露になっていた。そのむき出しの基盤に目をやると、私の欲する「ダイオード」と「コンデンサ」がそこにきれいに並んでいた。ここぞとばかりに私はそれを外して持ち帰った。
帰ってからもう一度その科学雑誌を取り出して見分、乾電池の芯に使われている炭素棒を取り出しそれにコイルを巻いてチャンネルを作り、どこからか手に入れた薄汚れたイヤホンを取り付けた。そんなもので一石ラジオの完成にこぎつけた。
炭素棒に巻き込んだコイルから1本銅線を引っ張り出して、その銅線をコンセントの片側に突っ込む。ザーザーと雑音がイヤホンを通じて鼓膜を刺激する。いやな音だ。そのいやな音を聞きながら炭素棒の周りのコイル位置を少しずつずらしていく。ちょっとずつちょっとずつだ。と、ある位置で、さっきまでの雑音がスーッと消え去った。その消え去ったと同時にあの楽曲「虹と雪のバラード」が流れてきたのである。それはまるで計算済みのドラマ的な出来事だった。突如と私の鼓膜を包み込んだその澄んだ歌声に、すぐさま私の心は奪われた。今、たった今この日本の地である北海道でオリンピックと言う壮大なドラマが繰り広げられているのだ。薄暗いこの小さな部屋で流れている楽曲からそのオリンピックと言う大きな出来事を感じ取っていたのである。
しかしそれはその音楽からくる心の揺らぎであり、当時のとてもつたない私には、競技そのものによる躍動的揺らぎと言うものを感じる事は出来てはいなかった。
あれから随分と月日は流れた。今年は2026年、気が付けばあれから軽々と54年が経っていた。あの1972年の札幌オリンピックですら競技に関しての興味は薄かった私は、案の定それからの冬季オリンピック関してもほぼ興味は持てないでいた。
2026年2月某日。
休日のその日、テレビのチャンネルを変えながら見たい番組を探していたが面白そうな番組が見当たらない。そこで、確かどこかの局でやっていたオリンピックでも見てみようかと考えた。その画面にはフィギアスケートが浮かび上がっている。国別団体競技の様であった。場面は日本VSアメリカ、決勝戦であった。これはまた図られた様なスチュエーション。白熱の試合模様。私はすっかりとその熱戦に魅了されてしまっていた。かつてこんなことはなった。なぜなら私の嗜好にこの競技は合わないものだと思って生きてきたからだ。
しかし、それはたぶん、間違いなのであった。最後にはその勇敢な戦いぶりに涙した、よく頑張ったと声が溢れ出た。結果日本は銀メダルに終わってしまったのだが、やり切ったその姿に悔いは見られなかった。いい試合だった。感動で心が打ち震えた。
どうやら遅ればせながら、ここから私の意識はすっかりと変わってしまったようだ。冬のオリンピック、かなり面白い。しかも冬のオリンピック、内容次第では半分くらいの競技は命がけの危険なものだ。目の前の恐怖に打ち勝ち果敢に挑んでいくその姿は尋常ではない。超人的すごい競技が続く。今まで冬のオリンピックを軽視していた、しっかりとそれに向き合ってこなかった自分を悔やんだ。でもまだこれからだ、残りの人生まだまだチャンスは巡る。
しっかりと世界のトップアスリート達を目に焼き付けて、脳裏の引き出しに整理整頓したいものだ。
ところで、今年の冬のオリンピック曲だが、そろそろ終焉まじかなのだが未だ記憶にとどまらずにいる。脳の衰えもあるのだろうが、私の中ではやはり54年前の「虹と雪のバラード」の強烈な印象を未だ引きずっているのだろう、それを超えてくる程おおらかで刺激的な冬の曲に今まで出会ってはいない。