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第255話 畏敬の念

店舗には2階3階へと続く階段が、2階の踊り場を中心に反転する形で連なっている。その階段のそれぞれの天井部分にはその階段を照らす天井灯が垂れ下がる形でセットされている。それ程照度の高いものではないが、ぼんやりながらもその階段の安全性を保っている。

その吊り下げランプは、20年ほど前になるが、昔、中目黒にあった「温故知新」と言うアンティークショップで買ったものである。その店は海外のアンティークと言うよりは昭和の日本で使われていた産物の宝庫であった。私にとっては古き良き時代の代物と言った立ち位置で、なんとも懐かしくあり、またそのレトロなデザインが醸し出す色気がなんとも大好物なのである。

ランプの形としては、ガラス製の40cm程の上下部分がやや狭くなった円柱形で、それに1m程の黒色繊維コートされたコードが付いたシンプルな昭和セレクトと言った感じだ。確かではないが1970年代頃の物だろう。ガラスシェードの色としては経年変化でやや退色気味のブルーとイエローの2灯。

話は変わるが、近頃2階のショップの一ブレーカーのひとつが下がってしまう現象が起きた。これはきっとこのブレーカの先のどこかでショートしているに違いない。それではと、その一部ブレーカーに属する電気機器をひとつひとつ点検していくのだが、どれも正常に作動している。そしてとうとう最後に残ったのがその吊り下げランプだったのである。思えば1970年代製、ゆうに50年以上の歳月が経過している代物だった。

目を凝らしよくよくそのランプを眺めてみると、天井からつり下がっているコードそのものに過度の風化が見られた。黒色繊維コートはパラパラと剥がれ落ちて中心部の電線がむき出しになっている部分も散見できた。これは危ない、この状況かなり危険な状態なんだと理解できた。天井からのぶら下がりだったので全く気が付かなかった。早々にこのランプを天井から外した。案の定、これを外した事によってブレーカーは正常に作動した。

 かれこれ数十年来店舗の電気系統を専任して頂いているKさんに連絡した。この現状を伝えてランプ自体の修正と配線等の不具合は無いかを確かめてもらうためだ。

「現在この電話番号は使われておりません、電話番号をお確かめの上おかけ直し下さい」

電話の音声がそう言った。唐突と言ってよかった。

まさか、何かの間違いだろうと私は再度電話を掛けてみた。しかし空しくも音声はまたその言葉を繰り返した。いったいどうしたのだろう・・・。

かつて彼に連絡したのは・・・そうか、外の配電盤を見てもらうのに連絡した時だから、かれこれ3年程前になるか。

それから数日が経ち、彼の会社のスタッフであるAさんの名刺が見つかり、そのAさんと連絡を取ってみることにした。数回のコールの後にAさんが出てくれた。

「Kさん、昨年亡くなったんですよ」

電話越しのAさんの言葉に我耳を疑った。元気なKさんの姿が脳裏を過る。

はっきりとした病名をAさんは口にはしなかったので今更失礼かと思い、私はそれ以上は聞けなかったのだが、相当長らく続いた闘病生活だったとは言っていた。どうやら日常的に通院しながら仕事を続けていたようだ。私からの仕事の依頼にはいつも快く笑顔で答えてくれていた。大病を患っているような仕草は微塵も見せなかったし、またそれに着いては一言も無かった。強い人だ、と私は思った。

前述のとおり、ここのところ数年間電気関係の不具合は皆無であり、まったく連絡を取ってはいなかった。だからその悲報は、まるで国家機密でもあるかのように私の耳にまでは一切届かなかった。彼との繋がりを持っている人達もいながらで、だから尚更残念でならない。

2F3FのランプはAさんに修理をしてもらった。その他配電盤等にも不具合は無いと言う。Kさんの会社は奥様が引き継ぎ、もちろんAさんもこのままこの仕事を続けていくと言う。良かった、彼の起こした会社はうまく継続しているようだ。

彼の様に泣き言を一切言わずに生きられる人間など極めて少ないだろう。

到底今の私には無理な相談だ。この先どうなるかも皆目見当もつかない。

ただ、私にもある程度の将来ビジョンを持ち得てはいる。

時折、彼の毅然としたあの姿を思い出し、その展望へと向かわなければならない、出来る事なら。

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