Column

第251話 腹が減っては

数年ぶりで山登りへと向かった。

と言うのも、ここのところ「半月板損傷」のリハビリ中にて大したスポーツも出来てはいなかったのだ。しかし、ここに来てその膝の調子にやや改善の兆しが見え始めてきたこの頃、もしかして今なら大丈夫かもしれなと思い向かってみたのである。

場所は「白神岳」。数年前に登って苦戦したところである。灼熱の8月、二股コースの無風の急坂で熱中症に襲われ途中で意識混濁、数度の休憩と着替えを挟んでようやく登頂できた苦い思い出にある場所だ。今回はその苦い思い出のある「二股コース」は避け、もう一方の「マテ山コース」を選択。以前は下山してきたコースで、それ程きついイメージは無かったので、今の私の体力にはもってこいと思い選択したのである。

熊対策装備や水筒もろもろ、リュックはずしりと重い。

登山道へと入り歩き始める。たいした運動もしていなかったこの頃、なんだか足取りはおぼつかないない。しかも重いリュックは肩に食い込み、歩き始めてほんの数分、ハーハーゼーゼーとすでに息は上がり気味だ。なんだか「やばい」感覚だ。

それでも気を取り直して歩き続ける。1キロ程登ったところに水の湧いたところがあった。登りでは唯一の水飲み場である。そこでいったん休憩することにした。するとちょうどそのタイミングで下山してくる4人のグループが見えた。

「おはようございます」

軽く挨拶をかわす。時間帯から見て、たぶん彼らは昨日この山を登って山頂の避難小屋に宿泊し今朝方下山してきた人達だろう。その彼らもこの水飲み場で背負っているリュックを下ろして休憩を始めた。若い男性ひとりと若い女性ひとり、彼らはガイドだろう、そして年配の男性がふたり、ふたりともとうに70は過ぎているように見えた。

山への挑戦、たいしたものだ。

年配の男性一人がリュックからおにぎりをひとつ取り出して口にした。うまそうだ。

それを目にした私は急に激しい空腹感に見舞われた。そう言えば今朝は何も口にしていなかった。そこで私は昼食用に買ってあったパンを取り出しひと口パクリ。うまい、夢中で完食。私は腹が減っていたのだ。リュックにはもうひとつパンがある。しかしこれはこの先に食うやつだ、これは我慢しよう。

食物を食う事によってなんだか気力がわいてきたように感じた私は、この休憩所を後にして再び山道を登り始めた。食物を食う事によってすぐに活力を感じるのは初めての経験の様に思った。マラソン大会に出るときなどは前日にたっぷりと栄養を取って参加し、当日の朝にはそれほど多くを口にすることは無かったからだ。

「マテ山コース」、このコースも急坂の続くなかなかの難易なコースであった。体力不足の否めない今の私にはかなりのきつさがあった。思いリュックがやはり肩に食い込み、一歩一歩が垂直の階段を上っているような感覚に襲われる。まだまだ半分の距離にも到達してはいない。そんな時、また空腹に見舞われた。しっかりと朝食をとってくれば良かった、そう思っても後の祭りだ。私は残っているもうひとつのパンにも手を出した。これも夢中でほお張った。うまい、お茶で流し込む。不思議と力が湧いてくる、と感じた。血糖値上昇もあり一般的にまったく不思議な事ではないのだろうが、体験不足の私に取っては本当に不思議でならなかった。こんなにも食物には即効性があるのか、と。

再び登り始める。一歩一歩、久しぶりの山の感触をかみしめながら歩く。樹海をかき分け、とうとう森林限界線を抜けた。目の前には腰ほどまで伸びた笹薮が広がり、空は限りなく青く澄んでいた。右手側にはきらきらと陽光を反射させる日本海が広がる。海からの冷たい西風が心地よい。その素晴らしい光景に目を奪われながら一息ついた。頂上まではあと少し、しかしどうやら体力は限界に近いようだ。買ってきたパンはもう無い、どうしよう、しばし考えた。

そうだ、このリュックには非常用にチョコバーとコーラを入れてあったはずだ、それも数年前に。私はリュックの奥底を探った。

チョコバーが2本と500mlのコーラのボトルが1本出てきた。もしもの時の為にリュックの隅に入れたままにしてあったやつだ。良かった、とうとう君らの出番の時がやってきたのだ。

数年経っていてもチョコはチョコであり、うまかった。しかし、コーラの方はすでに炭酸が抜けていた。ペットボトルでも炭酸抜けるんだ?と思った。それだけリュックの奥底で長い時間が経過していた証とも言えた。それでもこの高カロリーブラザースで命拾いができた。

エネルギー注入でラストスパートすることに成功した。

そしてとうとう頂上に到達できた。

「白神岳」それ程高い山ではないが登りがいのある険しい山だ。「二股コース」で熱中症に苦しめられ、「マテ山コース」では自身の体力不足に苦しめられた。それでも登りきれたのは食物のおかげと言えた。食う物がなければ途中断念していたに違いない。そう思うと、腹が減っては・・・・を実感できた登山でもあった。

これからもしっかりとリュックの奥底には余分な食糧をセットしておかなくてはならない。

チョコバーとコーラは欠かせない存在である。

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