Column

第182話  出会いの中で

  2019年の誕生日で還暦を迎えることとなった。
現在の店を初めてから数年間は、誕生日を迎えるたびにささやかながら誕生会を開いてもらったりしていたのだが、その誕生会を終えた翌日、何だか毎度毎度に店の売り上げが悪い。
そんな不毛な悩みが数年続き、とうとう私はその疫病神みたいな誕生会を開いてもらう事をやめた。やっても翌日に希望を見いだせない私の誕生会よりも、もしかしてやらなければ店の売り上げがアップするかもしれないと期待できる方がましだ。 これから先、この店を続けて行く覚悟のうえでははるかにそちらの考えの方が重要なのだ。それから数十年、友人の誕生会には参加するものの私自身の誕生会をやることはなかった。が、別にさみしさは全くない。しかももうそれに慣れている。
ところがだ、今回だけは別ものだった。
と言うのも、私には内緒でこの還暦のパーティーをやろうと言うプロジェクトが進行していたのである。このプロジェクトは数カ月も前から動いていたらしく、私はまったく知らされていなかったのだ。それから日が経ち、ちょうど私の誕生日のひと月ほど前になるが、ある飲み屋の片隅でややほろ酔いのJがひと言発したのである。
「還暦パーティーやりますから・・・今あれこれと仕込んでますよ、フフフ」
「まじで・・・」
突然の小声でのその発表に、私はやや驚き、そして懐かしい感覚がこみ上げてきたのだが、ここはさりげなく聞き流すことにした。
それからはその事を耳にすることも無く、またあえて聞くことも無く時間が過ぎていった。
Jにしても、それを口にしたことすら覚えていないと言った風だった。
誕生日の数日前だった。
友人Tから電話があった。
「もしもし、久しぶりだね、なんだった」私が言った。
「実はさ、還暦パーティー行けなくなってさ、ごめんごめん、2次会は行けるからその時にまたね。」Tは申し訳なさそうにそう言った。
「いやいや、仕事が優先だからそんなことは大丈夫だよ」
恐縮するTに向かって私は、さもしっかりとこの予定を知らされているかのように応答し
て話は済んだ。それは、実は私の知らないでおかなければならない事柄の範囲内で、誰が参加するかも内緒にしておかなければならない敏感な部分だったろう。
そんなだから、還暦パーティーに関するある程度の覚悟と楽しみと「知らない」を通さなければならない微妙な不安を抱えながら、小さな日々が過ぎていった。
還暦パーティーは素晴らしいものだった。
私の抱いていた陳腐な妄想を遥かに超えた演出が素直に私を驚かせ、思いもしなかった遠方に住む友人達が遥か日本各地から集まってくれていた。これにはやられた。
乾杯の音頭は、ニューヨーク在住のYが電話を通してつたないジョークをからませ会場を沸かせてくれた。見事に編集された店の歴史が詰まったDVDが会場壁面にて上映され皆で顔を見合わせ笑う事が出来ていた。和やか、と言った上昇気流があちらこちらで湧きあがり、懐かしさはそれぞれの参加者の頬を緩ませ、遠い昔の話に花が咲いた。いい時間が緩く流れそれを共有している幸せを感じた。
2次会のCLUBへと向かい、そのポーチを抜けて重厚なドアを開けた。
薄暗く妖艶な光を放つそのホールでは、またまた大勢の新たな友人達が賑やかに私を迎えてくれた。その大勢の友人達の顔は、すべてにやけた私の顔だった。その異様な光景に私は思わず引いてしまった。今まで味わったことのないこの気持ちの悪さと面白さは、酔いが覚める程に衝撃的な感覚だった。
皆、私の顔を転写して作ったお面を付けているのである。
こんな奇妙な代物はいったいどこで作ってくれるのだろうと即座に考えてしまった。
この奇抜な演出にもまたかなりやられた。私の胸の中にあった想像はすでに空中で分解し、もう見事に跡形もない。驚きの連続ながらも気張りのない楽しい夜だった。
久しぶりに懐かしい人々と杯を交わし談笑できたことは私の生きる限りの思い出として胸にしっかりと残ることだろう。そして国内ちりぢりに離れた所に住む友人達がこれ程一同に集まることはもう無いだろう。Hや計画を遂行してくれた皆には深く感謝しなくてはならない。
そして深く考えてみる。
20代前半の平凡な生活から脱出し、生き方を変えようと思い切っての今の生活を選ばなかったらこの個性豊かな幾多の面々には出会えていなかった事だろう。前の小さなエリアでの生活もそれはそれでその内で懸命に生きてきたのだろうが、やはり触れ合ってきた人々の数は変化の前と後では、そこには格段の差があることは明白だ。
どちらがベストなのか、それはまだまだ生が尽きるところまではわからない。
ただ、ここまでやってきてのひとつの区切りとしては正直ホッとしている。個性豊かな素晴らしい人たちと出会えて来たことは、私の内面を形成するすべてであることだけは間違
いない。もうひと頑張りしてみましょうか、皆さんに幸あることを願いつつ。

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