Column

第28話  Jは何処へ

私の幼馴染みにTと言う歯科医がいる。
Tは地元の小学校を卒業して直ぐに東京へと旅立った。Tにはお姉ちゃんが二人おり、当
時既に東京の医大に通う学生であった。
Tはそのお姉ちゃん達と一緒に生活をする事になったのである。
と言うのも、地元で産婦人科医院を開業していた父の後を継ぐべく、東京の中学でもっと
しっかりと勉強をさせようと言うTの両親の意向であった。

小学校時代、Tと私は家も近所であったがとりわけ親しく付き合う様になったのはあのシ
ーモンキーと言う摩訶不思議な生物が縁であった。
御存知の方もおありだろうが、よく週刊マンガ本の裏表紙に広告が載っていた怪しい代物
で、乾燥しきった粉の様な卵から生まれてくる、絵ではまるでサルの様な顔をした生物ら
しく、どんな怪物なのかとても興味がありとにかく欲しかった。
だが、生憎私は小遣い制で一日30円と言う極貧状態の有り様であり、どうしても高額の
シーモンキーにまでは手が届かなかったのである。
そんな折、Tはそのシーモンキーをどうやら手に入れたらしいのである。
その噂を聞き付けた私は、シーモンキーが卵から生まれた後どのように成長し、あのマン
ガ本の広告に描写してあるごとくにサルの形相へと変化を遂げるのかぜひ観察したいと言
う激しい衝動に駆られ、毎日のようにTの家へと通い続けた次第であった。
しかし、Tの家へ通って一ヶ月が過ぎた辺りにはそのシーモンキーの正体が明らかになっ
ていた。

それはどこから見てもただのミジンコなのである。

成長も体長2ミリ程度で止まり、水槽の中でピクピク腰を振りながら極小の生物が泳いで
いるだけであった。
この後、小学校を卒業したTはこれからの生活の拠点となる東京へと引っ越して行ったの
だった。

Tと再会したのはそれから6年後の事であった。
私も高校を卒業し東京のとある学校へと進学した時である。
その時、これまた幼馴染みであるJにも久し振りに再会したのだ。
聞けばJは地元の高校を2年で中退した後すぐにTを頼って上京し、すでに1年が経過し
ていると言う。
そういう訳でTとJ、そしてTの東京での幼馴染みHと私の四人は、この後頻繁に会う様
になってはよく遊んでいたものだった。

そんなある日、たまたま私とTがふたりっきりでいる時であった。
Tはあまりにも衝撃的な事を私に語りだしたのだ。

それは私がまだ上京する以前の出来事だった。
暑い夏の夜、TはHとJと三人連れ立って六本木で飲んでいたらしいのである。
そこへ陽気な外国人の男が声を掛けて来たと言う。
とても明るい性格の男で意気投合した彼等は4人で一緒に飲んだらしいのだ。その後、そ
の外国人の男はこれから自分の部屋で再び飲み直そうと言い出し、3人もなんのためらい
もなく付いて行ったのだと言う。
部屋へと向かう道すがら、Tはお姉さんから頼まれた用事を思い出したのだ。
仕方なくTはその用事を済ます為にこの場から彼等とは別行動をする事になり、その用事
を済ませた後、遅くなった彼はひとり自宅へと帰ったと言うのだ。
その翌朝である。
真っ青な顔をして全身力の抜けてしまった姿のHとJがTの家を訪ねて来たのは。
あまりに生気の無いふたりの姿に驚いたTは、昨夜何があったのか尋ねた。
するとHはTに告白したのだ。

例の外国人の部屋に着き、3人でやはりまたお酒をたらふく飲んだと言う。
そして酔いも回りその部屋にふたりは泊まる事になった。ふとんを敷き電燈を消した瞬間
である。
例の陽気な外国人はこわ~い狼に豹変したらしいのである。
まずJが捕まったそうだ。腕っぷしの強い外国人に押さえ込まれ、なんとJは、
無理矢理おかまを掘られたのだ。
うわ~なんと想像を絶するおぞましい事件である。
その衝撃的場面を目撃させられたHはJをこの場にひとり残して逃げる訳にはいかないと
言う正義感からなんとかしようと考えている内に、次ぎはH自身に魔の手が及んでしまっ
たと言うのだ。
逃げる事が出来なかったらしい…

Tは、「本当にふたりには悪いが、あの時自分には行かなければならない用事があって本
当に良かった…。」と本音で言っていた。
私は恐ろしいやら可笑しいやら何とも言えない複雑な心境であった。
もちろんこの話の事はJ本人には確認してはいない。これから先もこのような話は本人に
は聞かないだろう。
ただ、この出来事があって数年後、Jは新宿二丁目で働きだしていたのだ。
そんな素振りは微塵もみせなかったが、まさかその道に目覚めてしまったのだろうか?
なんだかこの事の方が私には驚きであった。

この後も私は皆と一緒に遊んではいたが、暫くして結婚を期に地元へと帰った。
Jはと言えば、私が地元へ帰った後も東京に残ったが、それから何年かして地元へと舞い
戻り、新宿二丁目での経験を生かし飲食店を開店したのだ。
ところがどうしても経営がうまくいかないらしく、私の所へその経営する店の家賃を借り
に来た時があった。
私も大変な時期ではあったが(いつも大変なんだけどね!)カミさんと相談のうえ家賃分
のお金をやるつもりで貸したのだ。
するとやはり予想通りJはその日のうちに何処かに旅立ってしまい行方知れずになってい
た。
あれから十数年が経過し、淋しい事だが連絡はただの一度もない。
Jはいったい何処で何をしているのだろう?

もしやまた新宿二丁目界隈に潜伏しているのかもね?
がんばれよJ!

現在ではHはすっかり立ち直り、T区で家業である八百屋を継ぎ、Tは立派に病院の跡取
りとして日々頑張っている。
自分自身もがんばらなければ!

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