Column

第16話  記憶喪失ナイト

鳥屋部町に店を移転したその年までではあるが、私達は毎年一度、
「T-bird NIGHT」と銘打ったイベントパーティーを開催していたものであった
(そう言えばここ数年、パーティーとはとんと御無沙汰気味である。)
その頃のパーティーでは、有名無名に関わらず毎回パワフルですばらしいバンドの方々に
出演頂いており、ある年のパーティーでは、現在でもバイカー達にはカリスマ的に師事さ
れ続けている有名バンド「H.B」、日本のロカビリー界では知らない人はいないであろ
う大御所バンド「S.D」、そして、八戸でのバンドシーンをたったひとりの力で明るい
ものに変えてくれた男Hを中心として、このパーティーの為だけに立ち上げ、私とK(一
号)も初ボーカルとして参加させて頂いたバンド、
ハイブリットロッカーズ」であった。

そのパーティー当日、午後早い時間から音合わせの為のリハーサルが始まった。
最初は「H.B」からである。そしてそのリハーサルが始まった瞬間、私はそのあまりの
爆音と迫力にすでに怖じ気付いてしまったのだった。
「H.B」のボーカルであるNは、ハスキーでドスのきいた腹の底から響き渡る声で、ス
テージ上あの無敵のカリスマと化しオーラを放出しまくっていた。そして慣れた様子でバ
ンドのメンバーやPAにあれこれと指事を出している。
カッコイイのである。

次いで「S.D」のリハーサルが始まった。
「S.D」のボーカル兼ギターのHもこれまた凄かった。ロカビリー特有のギターテクの
素晴らしさと、グレッチを自在に操りながら歌うその声には自信がみなぎっていた。
そしてやっぱりカッコイイのである。

やがて「S.D」のリハーサルも終盤へと近付きつつあり、次は私達の番である。
私は内心、私達のリハーサルはもう無しにしてこの場から今直ぐにでも消えてしまいたい
と言う衝動に駆られながらも、何食わぬ顔を装いそっとKを覗いて見ると、
Kは腹を抱えてしゃがみ込んでしまっていた
やはりKも私と同じく、このふたつのバンドのリハーサルを目にし、凄まじい衝撃をボデ
ィーに一発食らってしまっていたのだった。
そして、私達のバンドの内では最初にリハを行なう筈であったKが、
「俺は後にします。先にリハお願いします…。」と私に振って来たのである。

(おいおい、俺かよ!)

だが、振られた私は
「まかせろ!」などと言ってしまい、心の中とは裏腹に張り詰める緊張感の中リハのステ
ージへと向かったのであった。

(大丈夫かな~?)

しかし、私達のバンドのリーダーであるHは、彼自身数々のバンドを率いて来た経歴の持
ち主であり、彼等に負けない程の雄々しさを所有する男であった。
バンド初心者である私とKはその男Hの力を借り、なんとかこの場を無事に乗り切る事に
成功したのだった。

さて、いよいよ本番が近付いていた。
私達のバンドは、「H.B」と「S.D」の前座を勤める為、一番目のステージである。
そしてそのオープニングステージを飾るボーカルはKであった。
満員御礼の熱気沸き立つ大勢の観客の中、いよいよ私達の爆発が幕を開けたのだった。
するとどうだ!さっきまで腹を抱えていた筈のKが、
まるで別人の様にステージへ駆け上がっていったのだ
Kの選曲は「ラフィンノーズ」の『ゲットザグローリィ―』。

このパンクの演奏が始まったとたん、Kはスターへと変身していったのだ。
観客の腕という腕は立ち上げられ、その空間はさらに熱狂へと変化して行ったのだ。途中K
はステージ上からホールへと飛び跳ね、この怒濤の渦の中に自ら飲み込まれて行きながら、
大勢の観客と同化し最高のステージを演出している。
その光景を目の当りにした私は、今度こそ本当に困惑してしまっていた。

私の選曲は、「矢沢永吉」の『ウイスキーコーク』である。
私の嗜好のみを優先してしまい、この場のノリを考えていなかった。せめて『トラベリング
バス』にしておけば良かった。
(そんな問題ではないか?)
まったくもって失敗である。Kのステージは佳境を迎え、そして熱気もさめやらないままに
私へとバトンをタッチしたのである。
意を決した私は、まるでKと同じ様にそのステージへと駆け上がり、あの矢沢を熱唱したの
だった。

だが、結果はやはり散々であった。一小節目から、
まるで潮が引くがごとく観客が引き出したのだった
もうステージに背中まで見せ出した観客を引き止めるだけの力は、残念ながら私は持ち合わ
せてはいなかった。
この異様な空気の中、まだ歌詞も2番、3番と続けて歌わなければならない。いったいどう
すれば良いんだ。やっぱり少しテキーラでも流し込むんだった。などと考えたりして、そし
てこの辺りだったと思う、私の脳みそがショートして焼き切れてしまったのは。
私はどうやってこの場を乗り切ったのかまったく記憶が飛んでしまっている
もちろん、最後まで歌ったらしいが、まったく思い出せないのだ。
いやいやいや!思い出す必要はない!思い出して何になる。この状態で、約3分間の記憶喪
失のまま一生を過ごした方が幸せだ。そう気持ちを切り替えた私は、まるで何ごとも無かっ
たかのように、ステージ後のパーティーを楽しませてもらったのだった。

あれからやはりボーカルの話しは無い…。

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