バイヤーとして、初めてロサンゼルスへと旅立つ前日であった。ロサンゼルスでの移動は
全てレンタカーの予定であった為、どうしても国際免許証が必要であった。向こうでのレ
ンタカーの予約は既にしてあったのだが、その肝腎の国際免許証がまだであった事を出発
の前々日に気付き、取得の為八戸警察署内の公安へと向かったのだ。だが、ここでは取得
までに一週間程時間が掛かると聞き、残念ながらこの日は諦めざるおえなかった。
そこで翌日、即日配付してもらえると言う青森市の公安へと向かったのである。
申請の受付けは午前9時から正午12時までの3時間のみで、午後はそれの配付に当てる
と言うシステムらしく、あくまでも午前中に青森市へと到着しなければならなかった。そ
れでも手続きにも時間がかかる訳だから、せめて午前11時前には着きたいものだ。私は
それらを考慮しても余るくらいにたっぷりと余裕を持ち、早朝5時には八戸を出発したの
である。と言うのも厳寒期2月中旬の頃で、あたり一面銀世界、青森市方面は例年八戸地
区の数倍の積雪が見込まれ、かなりの渋滞が危ぶまれたからである。
そしてもうひとつは朝食である。実は、私にはこちらの方が重要な事なのだ。
私は朝目覚めたら一番に朝食を取る習慣がある。幼い頃、祖母に育てられた私は朝からし
っかりとした正しい朝食を食し、それを習慣として生きてきたのだ。其れ故目が覚めたら
直ぐにでも目の前に食事が欲しいのである。はたまた腹が減り過ぎて、朝食を欲して目が
覚める時さえもある程である。
そんな私がこの日に選んだ朝食を取るべき場所は、八戸をちょいと出たあたりの45号線
沿いで、S町にあるSドライブインであった。
(現在はO町に改名、共にドライブインも全く別名に改名)
ここは何度となく訪れた事のある食事処で、料理が抜群にいけるのである。ただしネック
としては、以前訪れた時間帯はほとんど昼もしくは夜であった事、果たして早朝のこの時
間帯に営業しているかどうか?いちかばちかの賭けなのであった。ただ、仮にそのドライ
ブインがオープンしていなければやむなくコンビニで済まそうと覚悟だけは決めておき、
早目に朝食を取らなければ胃酸が充満しムカムカが増幅しそうな胃のあたりを片手で押さ
えつつ直行したのである。
空はどんよりと重い鉛色に覆われ、無風状態ではあるが泡状にボタン雪が天空から溢れだ
し、これから先に進むにつれ曲折的な荒模様が危惧された。そんな中、ワンダフルな朝食
にありつけるかどうかの期待と不安を織り交ぜながら車は北へと突き進み、遂にその目指
すSドライブインへと到着したのである。
広い駐車場には乗用車や商用車、大型トラックなど10数台の車が整然と駐車してあった
。トラックドライバーなども朝は早いのだし、この駐車台数なら早朝営業をしているんじ
ゃないかな(ラッキー!)と思えた。だが、建物全体からひとつ抜け出した格好で設計さ
れてある、大きなアーチ状の玄関のスチール製ドア部分はしっかりと分厚いカーテンで閉
ざされているではないか。
ん~やはり早過ぎたのか~!ガックリと肩の力が抜けたと同時に胃酸過多により胃がチク
チクと痛みだした。
((ん、ん、ん、いやいやまてよ!中で何かが動いたぞ!))
よくよく目を凝らし、今度は窓越しに店内がしっかり覗ける方向に目をやると、なんだか
たくさんのお客が蠢き、朝食らしきものを食べている姿が視認出来るではないか。
((うわ~お!やっぱりやってるじゃん!予想通りだぜラッキー!))
これでワンダフルでしかもブラボーな朝食にありつける筈だ。眠い目を擦り擦り早目に出
発して来た甲斐があったではないか。私は速攻で車を駐車場の区画内にきれいに駐車し、
玄関のドアを開け、例の分厚いカーテンを押し開き、お客で賑わう店内の空いている席へ
と腰掛けたのである。
朝食は昼や夜とは異なり2つのコースのみで、セルフスタイルであった。
ひとつは洋食コース。トーストされたパンにスクランブルエッグとソーセージ、それにコ
ーヒーが付いたものだ。
もうひとつは和食コース。こちらはシャケの焼いたものがメインで、納豆、味付け海苔、
生卵、そしてご飯に豆腐の味噌汁と言う王道中の王道であった。
もちろん私は迷わずに和食コースを選んだのである。こんな賑やかな所で頂く御飯は最高
にうまいものだ。御飯もそうなのだが味噌汁までおかわりをしてしっかりとエネルギーを
頂いたのである。特にシャケの焼き加減は絶妙で、脂ののりも絶品であった。
満腹、満腹!御満悦である。
食後、お客でごった返している状態であったので、ちゃっかりと洋食コース用のコーヒー
を頂き、食後のまったりとした落着きを得る事が出来たのである。コーヒーを飲みながら
ほんの10数分程休憩した後、雪での道路事情も考えそろそろ出発しなければいけない時
間となり、支払いの為にレジへと向かったのだ。
しかし、レジには誰もいない。少しだけ待ってはみたが忙しく走り回るスタッフはこちら
を見向きもしないのである。
さすがに私も時間が気になり、厨房内にいるスタッフのおばちゃんに
「いくらですか~!」と声を掛けたのである。
すると(料金はもう貰ってあるからいらないよ~!)と言うのだ。
えっ!いったい誰が私の料金を払ったと言うのだ。私の知り合いでもいたかな?それにし
ても黙って他人の料金を払う訳が無い。理解に苦しんだ。
だが、このまま料金を支払わないで帰る訳にもいかないだろうと、もう一度
「今食べた朝定食分ですよ~!誰が払ったんですか~?」と聞いてみたのである。
するとおばちゃんは、
(宿泊料金の中にちゃんと入っているから大丈夫だよ!)
とこちらも見ずに答えたのである。
「え、宿泊って・・・自分泊まってないっすよ!」あれ?私は何か得体の知れない不
安感を覚えて答えた。
すると瞬時に脳裏を過った不安的中(え~!アンタ泊まりじゃなかったの?これは泊まり
の人達の朝食だよ!何食ってんの?好い年して仕様がない人だな~!カーテン閉まってる
でしょ!)と呆れた様子に加え、容赦の無い右ストレートパンチのごとくにガツンと言わ
れたのである。
どうやらやっちまった様だ!
ここで食事をしている大勢の人達は、全て昨夜このドライブインに宿泊した人達であった
のだ。そう言われて冷静に見れば、ここで朝食を食べている人達全員ゆかた姿ではないか
。私だけがゆかたを着ていないのである。
余り気にしてはいなかった。(いやいや気にしろよ!)
その朝食を食べ終えた人達は皆、店の奥にある暖簾の掛かった出入り口に向かい、その中
へと消えて行っていた。そちらが宿泊棟なのだろう。このドイラブインは旅館も兼ねてい
たのだ。その宿泊料金の中に、この朝食代もしっかりと含まれているのだ。
だいいち玄関にカーテンが掛かっているのは、外部からの侵入を断っていたと言う事なの
である。私はそれを押し開けて入ったのだ。腹が減り過ぎて前後の見境もつかなくなって
いたのだろう。我ながら呆れたものだ。
この後、ひととおりおばちゃんに怒られ、食ったものは仕様がないからと500円だけ取
られ、皿洗いの刑に処されずに釈放されたのである。
しかしながら(え、宿泊って・・・)とおばちゃんに言い返している途中でハッと事態に
気付き、間違い無くこの場に私は存在していてはいけないであろうと、確信しながらすっ
とぼけて答えの続きを続けている様は冷汗ものであった。
それにしても朝食はうまかった。こんなにうまい朝食は久し振りだ。もうひとりの私が
((これは朝から超ラッキー!))と能天気に言っている。
トイレでスッキリとした後、降雪激しいはずの目的地へといざ出発進行!
おばちゃん御馳走様!さあ、国際免許証をゲットして来るぞ~!
※この日の青森市は物凄い積雪で除雪車がフル稼動、大渋滞であった。除雪車の通った直
ぐ後の滑りやすくなった路面でスリップし、路肩の山盛りに盛られた雪壁に一度突っ込ん
でしまったのだが、やさしい青森市民に助けられ事なきを得たのである。そんなドタバタ
な一日を乗り越え、翌日無事テイクオフ出来たのであった。
間に合って良かった~!