Column

第21話  Could You Believe me ?

以前私は、一人で考え事をまとめたり、まったりとリラックスしたくなった時などは、
HGCでスタッフの皆が帰った後の深夜、よくたったひとりで好きな音楽をかけながらお
酒を飲んだりなどしたものだった。
その日も私は、店内の照明の光度をやや薄暗い感じにまで落とし、好きなボブディランを
適度な音量で流しながら、カウンターと平行に設置してあるボックス席に腰掛け、当時嵌
っていたマイヤーズをストレートで呷っていた。
この雰囲気でお酒を飲んでいると、お酒が効いて酔っているのか、それともまだまだ大丈
夫なのかの判断がなかなか付かなくなってしまうのである。
そして、ついつい飲み過ぎてしまうのが常であった。
足をテーブルの上に投げ出し、つい先程までの喧噪の余韻を感じながらこの静寂の中でゆ
ったりと音楽を楽しんでいると、

((あれ?))

なんだか天井方向からカラカラと音楽に混じって聞き慣れない音が聞こえて来るではない
か。
その音が気になり出した私は、なんの音なのか確かめて見る為に、その音のする方向を覗
いてみたのだ。するとそれは、店の天井に設置してある換気扇のカバーが経年のうちに緩
みだしたと見え、ぶらぶらと左右に揺れて雑音を発していたのである。
その音がどうしても耳障りで我慢の出来なくなった私は、よせば良いのにその不良箇所を
修理する事にしたのだ。
カウンターの椅子を持ち出し、その雑音の原因である換気扇の真下にそれを置き、そして
私はそのイスの上に乗ったのだ。手を伸ばすとなんとか換気扇のカバーに触れる事が出来
た。爪先立ちの状態になり、両手でしっかりとカバーを捕らえた時であった。
突然上下左右の感覚が麻痺し目の前の世界が回り出したと思ったら、次ぎの瞬間私は床に
転落し全身を強打してしまっていた。
バンザイ状態のまま両手でしっかりとカバーを抱えた様は、まるでラウンドガールがマッ
トに横になった感じのかなり間抜けな格好なのだ。こんなに平衡感覚がなくなるまで酔っ
払っているとは、私自身認識不足であった。
換気扇カバーは、私が天井からもぎ取った形になり、結局破損させてしまっていた。
自分の酔い加減がレッドゾーンにまで達している事を自覚した私は換気扇の修理を断念し
、その手にもった破損カバーをテーブルの上にそっと置き

(まぁ、いいか。)

とまたお酒を飲み直す事にしたのだった。
生憎怪我の功名とでも言うのか?カバーの無くなった換気扇は静かに黙り込んでくれて、
またもとのゆったりとした雰囲気に戻ってくれたのであった。
(めでたし、めでたし…?)

だが、その静けさを取り戻した時であった!
突然、誰もいない筈のカウンターの内側で、何者かが喋ったのである。

内容は理解出来なかったが確かに数秒間言葉を話す声がしていた。
私は自分の耳を疑った。
音楽とはまるで別物なのだ。私は椅子に腰掛けたそのままの格好で、冷静にこの状況を把
握しようと、ジッとカウンター内を見つめていた。
いや、そうしている事しか出来なかったのだ。
するとどうだ!今度は同じカウンター内の先程とは反対側から喋り返したのだ。
その喋り返した事に対して、また先程の所から再び喋り返し言葉を交わしたのである。

誰の姿も見えず、誰も居ないカウンターの内側でまるで営業中のカウンター然とした会話
がなされているではないか。
あれだけ酔っていた私の感覚は見事に正常に戻ってしまっていた。
(今なら換気扇カバーは壊さなかっただろうな?いや、そんな問題ではないか!)

そして、何故かこのままここに居てはいけないと思った。
だが走ってはいけない。走ると何か得体の知れないものが追い掛けてきそうに感じた。
見えない相手では致し方ない。私は冷静さを装い静かに立ち上がると、いままで使ってい
たグラスを元へと戻し、テーブルと椅子を整え、ゆっくりと音楽を止め、そして最後に照
明を完全に落とした。
ここまで完了した状態でもやはり走ってはいけない。
そして私は、店に向かって

「お疲れ様です。」

と一言声を掛けてから、まるでモデルの様に真直ぐ前を向き、決して振り返る事なくゆっ
くりとこの場を後にしたのだった。
翌日、スタッフの皆に昨夜の出来事を事細かに話してみたのだが、案の定誰も信じてはく
れなかった。
あの時間何が起こっていたのだろうと私はひとり考えてみた。

もしかすれば、あの時間からは目には見えない別の世界の営業が始まっていたのかもしれ
ない。
私はその営業の邪魔になってしまっていたのだろうか?

「おいおい、もうすぐオープンだぞ。早く帰ってくんないかな~!」

とカウンターの内側から、私に向かって言っていたのかもしれない。
それ以来、私は世にも不思議な別の世界での営業の邪魔はしない様に心掛けているのであ
った。
そしてこちらの世界では、美味しい御料理と数々のお酒を御用意し、皆様の御来店をいつ
でも心よりお待ち致しておりますよ。

べロロ~ン!

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