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第91話  苦汁に乾杯

 
   

  年明けから10日も過ぎると、大勢の人々が行き交い賑やかだった年末年始のあの喧噪がまるで幻影だったかのように、街全体を静けさという小さな不安が支配する。
ふた昔前の、丁度そんな頃だった。 いつものように店を開けようとベンチや看板などを表に運び出していると、個性的な晴着姿の女性数人がおしゃべりをしながら私の前を通り過ぎた。
「あ、そうか、今日は成人式か」
毎年の事なのだがその振袖姿を目にして思い出す。
すると必然的に新成人が織り成す各地のランチキ騒ぎが各局のテレビ画面を賑わす光景がひょっこりと脳裏に浮びでる。
床掃除から窓拭きなど一連のオープン儀式を無事済ませてカウンター内で書類を整理していると、チラリチラリと私の目の端っこに艶やかな配色がひるがえった。
ふっとそちらに目を向けてみると、玄関ドアの表側からこちらを覗いている晴着姿の女性がひとり。入店するものだと気にもとめずに再び書類整理を始めた私だったが一向に店に入って来る気配はない。
暫くはそのままほっといたのだがこれがまた無性に気になる。
声を掛けてみた方が良いのかどうか逡巡していたが、この煮え切らない空気感を打破する為にはと思いきって話し掛けてみる事にした。
「どうしたの、何か用事でも・・・」
例によって外気は得意げに零下を誇示しつづけて、それによって彼女の頬は薄っすらと赤みを帯びてしまっていた。
「あの〜○○君はいますか?」
はにかみながらもそのくちびるから白い息が弾けた。
「ああ、バイトの・・・奴は今日少し遅れるってさっき連絡があったから、これから来るんじゃないかな、なんなら中で待ってていいよ。」
玄関先につっ立っていられてもなんなので、私は店内へと招きいれた。
一時間が経過したが奴は一向に姿を現さない。
「遅いね〜もうすぐ来ると思うんだけどな・・・」
気まずい空気の流れるなか私は軽く笑いを作りながらいった。
「うん、大丈夫、まだちょっと時間あるから」
彼女は屈託のない笑顔でそう言葉を返した。
それから更に数十分、とうとう彼女のタイムリミットが近付いたようだ。
「そろそろ私、約束の時間がきたから帰りますね」
彼女は左腕にまかれた赤く小さな時計に目を落としながらいった。
「あっそう、残念だったね。せっかくこんな大事な記念日に寄ってくれたのに」
私は心底可哀想に思った。
一生に一度の晴姿を一目奴に見てもらいたくて貴重な時間をさいて来たというのに。
すると彼女はふぅ〜と力の抜けた長いため息をひとつ、そしてぽろりと言葉を発した。
「しょうがないから今回はおじさんと写真でも撮ってもらおうかな!」
グサリッ、と私の胸をつらぬく情け容赦の無い強烈な一言。
しょうがないって、しかもおじさんって、膝から崩れ落ちそうになる未だ若いと勘違いしていた30代前半の肉体と精神がみるみる荒んでいく。
震える、この切なくも未熟な心を、現在もちえる気力という気力を総動員して支えた。
「これしきの事で、しっかりしろ!」
なんとか気合いを入れ直した私は、半生最高の笑みでそれに応じた。
パシャリ!
「ありがとう、おじさん!」
うっ、またしても・・・・・だが悪気など微塵も無い事は百も承知だ。この娘にとって私は正真正銘のおじさんなのだ。現実を素直に受け止めなければいけないだろう。
その後彼女は吹っ切れた様子で颯爽と玄関を出て行った。
これで良かったのだ。めでたく成人を向かえた彼女のこれからの人生に幸あれと願った。同時に私はこの冷酷なる時の流れに涙し、そろそろ世代交代の時期なのだと静かに悟った。奴はまだ来ない・・・・。
その夜のテレビは相変わらずカラフルな晴着が乱舞する様を映し出していた。

(デーリー東北新聞連載・第9話)

 
   
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