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第79話  まくらを買おう

 
   
 変型の大きな「まくら」を抱えながらぐっすりと眠っているスレンダーな女性の後ろ姿がテレビ画面いっぱいに映し出されていた。「まくら」 と書いたのは、テレビで「抱きまくら」と言ったからだ。それは、全長120センチはある、ちょうどダブル用のまくら位の円柱型で、両端が細くとんがり気味になっていて中程になだらかな突起部分がひとやまあると言ったものだった。私にはどうしてもその「まくら」が擬人的に見えてしまうのだが。
そのなだらかなラインを持つ円柱に腕を回したり足を回したりしてそのテレビの中の女性はぐっすりと眠っている。リラックスしているその寝姿はとても気持良さそうだ。
アナウンサーはこの「抱きまくら」の効能を甲高い声でまくしたてている。普段はこの手の通販にはピクリとも反応しない私なのだが、この時ばかりはピクリと反応してしまった。暑い時、私は掛け布団を丸めてこんな感じに抱いて寝るくせがあった。この行動はいつの間にかそうなっている、まったく自然なものだった。幼い頃からのくせなのかも知れない。ただ掛け布団ではこんなにしっかりとした円柱状にはならない。私はしばし考え、そして立ち上がった。
「よし、このまくらを買ってみよう」

通販はしなかった。
なぜなら私は、欲しいと思った時にはすぐに欲しかった。
早速郊外に建つ大型のショッピングモールへと車で向かった。そこにもしその「抱きまくら」が置いてあれば、注文して到着まで何日も待つと言った面倒もなく手っ取り早い。
置いてあるのはやはり寝具売り場だろうと予想をつけて向かった。案の定そこにあった。大小様々な数多くのまくらが並ぶ棚の隅っこに、たったひとつだけ陳列されてあった。他には見当たらない。先程テレビで見た、そのものがそこにはあった。側に行ってそれを手にとって見ると増々そのふくよかな流線形が擬人的に映る。まるで女性の体の形をかたどっているのではないかと思われる変態的違和感が伝わってくる。こうしているだけでも回りにいる誰かがやたらと気になってきた。これを手に持っているだけで誰かにクスクスと笑われているみたいな錯覚に落ち入る。私は急いでそれを元の位置へと戻した。
そして、本当は何か別な物を探しに来ているのだと思わせる仕草を作りあげながら、あたかもその探し物が見当たらないかの様にあたりをうろうろと歩き回って見せた。この偽装工作的な時点で、私の中でふつふつと沸き上がっていた物欲は、しゅんとかしげて一時沈静化に向かっていた。とてもそのピンク色の物体を持ってレジに向かう勇気はなかった。せめてブルー系やブラウン系の落着いた色合いならば少しは頑張ったかもしれなかった。
長々とあたりを眺めていると背中側から声がした。
「何かお探しですか?」
それは、3人いたスタッフの中の最年長と思われる女性だった。
予期せぬ出来事に遭遇し私は訳の解らない言葉を発した。
「あっ、耳カキなんですけど、耳カキって何処にあるんですかね?」
あきらかに動揺していた。ここは寝具売り場であり布団や毛布やパジャマなどはあったって耳カキなんてものがある筈も無い。
「えーとね、今は2種類あってね、こっちこっち、これだけど、どう」
あった・・・耳カキはあった。
出された耳カキはひとつが白っぽい竹製のショートサイズで、もうひとつは茶色の10センチ以上の長さのあるロングサイズであった。その両方を私の目の前に差出すとその年配の女性はにこりと微笑んだ。
「はぁ、じゃあこっちを下さい」
私は細長い茶色の方を指差した。
まさかここで耳カキを買うとは思ってもみなかった、が、成り行き上仕方が無い。早々にレジで支払いを済ませ、その店を後にした。
未だ、私はあきらめてはいなかった。
その足で次の店へと向かった。そこは家庭用品の専門量販店で、家庭内で必要なあらゆる品が安価で揃っている所だ。間違い無くここにもそれがあるに決まっている。記憶のまま奥の方にあったはずのまくらコーナーへと向かった。
すると、まくらをうずたかく積み上げている大きな陳列棚の影からひとりの年配男性がひょっこりと姿を表した。影の薄い、どこか淋しげな髪の量と目をした男だった。その男の右腕には細長いベイジュ色の物体がしっかりとかかえられていた。それは多分「抱きまくら」だった。
先の店で見た物とは随分と形が違っていた。こちらの店の物は三日月型のとてもシンプルな物だった。この形ならなんの違和感もなく私でも抱えてレジまで持っていって清算出来そうに思えた。
ただ、ひとつ問題が発生している。
仮に今、この「抱きまくら」を私が手にとってレジに向うとする。必然的にさっきの影の薄い男とは前後で並ぶ事になりかねない。いい年こいたおっさんが二人、「抱きまくら」を抱えてレジにならんでいる姿は想像のなかだけでも極めておぞましい。社会諷刺の4コママンガにでも出てきそうな罰ゲーム的珍場面は極力避けなければならない。
私はたっぷりと時間をかけてここにならんである「抱きまくら」、または関連商品を吟味する事にした。とは言っても「抱きまくら」はその三日月型のものがひと型とそれにかぶせる焦茶色のカバーがひと種類あるだけだったが・・・。
10分程も時間をかけただろうか。
そろそろ先にレジに向かったあの男はレジを難無くくぐり抜けた頃だろうと思った私は、目の前にある「抱きまくら」をひとつ左手に抱え、ついでに焦茶色のカバーもひとつ右手に取った。
これでもう何事も無ければすんなりと買えるはずだ。レジに誰もならんでいなければゴーだ。これを持ったまま他人の後ろにならびたくはない。胸は高鳴る。まるで、中学生だった頃エロ本をレジにもっていく気分に似ている、と思った。
どうやらレジ待ちの人間はいない。今がチャンスだ。
私は急ぎ足でその目前にある空のレジへと向かった。
あと10メートルでペイ&スルー出来る。
と、次の瞬間、ひとりの年配の女性が私からは死角であるサイド方向からそのレジ前へと姿を表わした。手押しのカートには布団やら籐のカゴやらマットやら商品を山積みに積み上げている。これはやばい。こんなに持ち込まれるとレジ打に手間取りやたらと時間がかかってしまう。この、私の一瞬の躊躇に乗じて若い女性がオレンジのバスタオルを一枚かかえてその年配の女性の直ぐ後ろについた。ちょっとした動揺が一瞬だけ私自身を立ち止まらせてしまったのが原因だった。正面玄関からは次々と新しい客が来店して来るのが見える。このままではそれこそ混み合う時間となりとろとろしていては大変な事になってしまう。年配の女性の商品はレジスタッフがひとつひとつ手に取ってはレジをくぐらしているからその商品は少しづつでも減っているし、その後ろにならぶ女性はバスタオル一枚のものだ。時間なんてかかりはしないだろう。私は覚悟を決めてその若い女性の後ろを目指して再び歩く速度を早めた。あと3メートルでその位置につける。もう1メートル足らずだ。
すーっと、その男は私の前に入って来た。
あの男だった。
「抱きまくら」を抱えて私の前を立ち去っていった中年の男だった。てっきりそのままレジへと向かったと私は思っていたのだが、どうやら勘違いだったようだ。ランプだ。もう片方の手に握られているのは小さなボール型のランプの入った箱だった。奴は私にとって無意味なこの空白の時間にランプを探していたのだ。今手にしている「抱きまくら」とセットで部屋をほんのりと明るく照らすランプをゲットしようとは、なかなかやる男だ。 そんなメルヘンな思いの中、私の立ち位置は決まってしまっていた。私はレジに向かって歩き過ぎてしまっていた。年配の女性が独占してしまっているそのレジには既に若い女性がひとりならび、その直ぐ後ろには「抱きまくら」とランプを抱えた年配男性がならんでいる。必然的に私はその次ぎにならぶ形になってしまってした。一時的に頭に浮んだ最悪のパターンだ、さあどうする、また何か探す振りでもしてここを抜け出そうか。私はしばしこの不遇な環境で考えた。
すると、間髪おかずに私の後ろに誰かの気配を感じた。
さりげなくそれとなく後方を覗いて見て驚いた。
私の直ぐ後には幼稚園児くらいの女児の手を握っている若いお母さんが立っていた。そしてそのお母さんの左手には、「抱きまくら」が抱えられていたのだ。
私の脳は完璧に固まってしまった。ピクリとも動かない身体でクラリと立ちくらみさえ感じた。なぜだ?なぜこのレジには「抱きまくら」を抱えた人間が3人もならんでいるのだ。巨大なバナナ型のまくらが3本立ったまま横にならんでいる。持ち方も皆同じだ。かつて私はこのような珍妙な光景を海辺でしか見た事がない。100万年に一度あるかないかの奇跡ではないか。
どうなる?
B級映画のワンシーンでもなかなかお目にかかれない、まるでサーフボードをかかえ波を待つサーファー3人が砂浜でならんでいる様な姿はあまりにも滑稽すぎる。一時的にでもこの場を避けようか・・・・真剣に悩んだ。
その時、私の中に妙な男気が、いやっ陳腐な正義感ともいえる勇気がこみ上げてきた。ここでひるんではいけない。ここで引き下がっては男がすたる。また、この時点でこの列から抜けてしまってはもう2度と「抱きまくら」を手にする事は出来ない。私はやる、やりとげてみせるぞ、この難局を打破してみせるぞ。
ただ・・ひとつ・・この場面で知り合いだけには会いたくない。
先頭のカゴいっぱいの女性がもたもたと時間を食って、レジ待ちは一向に前に進まない。罰ゲームの様相を呈するこのシチュエーションは長い事続いた。いや、端から見れば何の事はない単なる時流の停滞であって誰ひとり気にも止めてはいない筈だ。
待つ事数分、山盛りカゴの年配女性の空港検査のようなだるい清算がやっと済み、単品女性も瞬時にスルー、次に「抱きまくら」1号の年配男性が難無く清算を済ませた。とうとう私、「抱きまくら」2号の番がやって来た。ほっとしながら私がレジ台の上に「抱きまくら」をのせると、それを受け取ったレジ係りの女性が私の顔をちらりと見上げた。
「えっまた「抱きまくら」・・今日はいったいどうしたんだろ、こんなおっさんがふたり「抱きまくら」を抱えてならんでいるなんて考えられない、もしかして友達なのかなー」って。
そう思われてはいないのかもしれないがそう思われているのかもしれないこの軽薄な空気感に私は急に恥ずかしくなってきていた。私はその怨念のように顔面を突き差す視線からは程遠い天上を眺めて時間を費やし、次に軽く笑みを浮かべて勘定を済ませた。そそくさとこの場を後にした。何か犯罪者にでもなったかのような冴えない気分だ。
とにもかくにも、時間という果てしなく規律正しいはずの流れをやたらと長く感じた「ひととき」だった。
そして思った。
抱きまくらって本当にこんなにも売れるものなのか、と。
そして考えた。
やっと手に入れたし、あのテレビのおねえちゃんがやってたようにこいつをギュッと抱きしめて寝てみよっかなーと。

チュンチュンチュンチュン(最近スズメが少ない)
朝かもしれない雰囲気、私はぼんやりと意識だけが覚醒した。そのさまよえる朦朧とした思考の中で、抱きまくらの存在がふっと浮かび上がった。
「そう言えば・・・抱きまくらはどうした?」
私の身体のどの部分にもその「抱きまくら」らしき存在を感じる事は出来なかった。鉛の板のように眼球に張り付いているまぶたをこじ開けてみよ うと試みたが、あまりにも重くて固い。
「ま、いっか!」とあきらめかけたが、それを買うために昨日あれだけ努力したもうひとりの私が「あきらめるな」と語りかける。
それでは片目だけでも開けてみようと、右まぶただけに力を込めてみた。ひょいと、あたりの景色が瞳に飛び込んで来た。
「抱きまくら」は敷マットのはるか向こう側へと投げ出された格好で無造作に横たわっていた。きっと無意識のうちに私が思いっきり蹴り出したに違い無い。
私はそれに向かって手を伸ばそうとはしなかった。
「ま、いっか!」
そのまま反対側へと寝返りを打つと、広く深い世界が再び私を包み込んだ。

 
   
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