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第66話  えっ!

 
   
蓼科の空は黒く重かった。
ホテルに向うマイクロバスの車窓からは、グレーに塗られた山々がくっきりと稜線を這わ
せおおらかな姿をさらしている。昼前だと言うのにあたりは薄暗く今にも雨が降り出しそ
うな気配が漂う。今夜はこの先にあるホテルに一泊して明日は初めてのゴルフだ。生まれ
て初めてコースというものを回る予定だ。既にホテルには地元のK一号(以下K)と山梨
に住むO二号(以下O2)それに仙台から駆け付けたO一号(以下O)が待っているはず
だ。それぞれがそれぞれの方法でこの地に集合しようと言う事になり一番距離のある私は
彼等よりやや遅れて到着してしまったのである。

久し振りの再会は懐かしく心地よいものであった。
以前、こんな形で集合したのは数年前、皆で富士山を目指した時だった。結局登る事は出
来なかったのだが、その時一緒だったK二号と山梨を目指し東北道をバイクで走行中、ち
ょうど日本列島を北上中の大型台風に直撃され散々な目にあった事を鮮明に覚えている。
全身の感覚を奪う寒さと疲労で朦朧とした意識は私達を危険な領域にまですんなりと足を
運ばせ、目前には既に危機的な状況が差し迫っていた。横殴りの強風に振らつくハンドル
、激しい雨は私達の命綱である目を覆い尽くす。
あと少しだった。あと少しで私達は危なかった。それが事故であったか、低体温症であっ
たかなど定かではないが、あそこで、あのインターで高速を下りる事を決断しなければ、
間違い無く何らかの「大きな災い」が起こっていたことだろう。そんな事が胸中過ったが
今では懐かしい思い出のひとつだ。

今晩お世話になる蓼科のホテルは近代的、かつモダンなデザインでリゾートホテルとして
はなかなか上級クラスの佇まいであった。チェックインの為にカウンターへと向うと、そ
こは大勢の客でごった返していた。9月のこの時期は日和もよくゴルフもそうなのだが、
純粋に観光の方々も多いのかもしれない。そのおかげで私達はかなりの時間をここで費や
すはめになってしまった。
やっとの事でチェックインを済ませ部屋に着くとほっとしたのか全身どっと疲労感に包ま
れた。中途半端な時間帯ではあったが、私達はそのホテル自慢の温泉へと向かう事にした
。露天風呂の湯はやや熱めながらも滑らかな泉質が心地よい。空もどうやらこのまま持ち
こたえてくれそうな感じだ。
明日のゴルフが待ちどうしい。

早朝の高原は澄んだ空気で満たされていて、どこかヨーロッパの雰囲気が漂う。
私はリラックスしていた。初めてのゴルフコースなのだが全く気負いは無かった。接待や
ら遊びやら週一ペースであちらこちらのゴルフ場でプレーしているらしいKとO2はやは
り慣れたものだ。施設間の移動から設備の使用までなにもかにも振る舞いが自然だ。年下
ながらもなぜか大人に見える。
それに引き換えOが問題だった。遠い昔に一度コースに出た事があり、その時の散々だっ
たイメージを引きずっている様子で、朝から体がカチコチに固まっているのである。これ
ではうまく行きそうなものまでうまくは行かないのである。ラウンドが始まったのだが、
案の定、Oは散々であった。打つ玉打つ玉全てがきれいにスライスするのだ。プロでもこ
れ程のスライスを連続で打つのは難しいだろう。3番ホールからは、そのスライスを見越
してスタンスを45°左側方向に向けるという無謀な構えて打つのだが、それでも更に右
に曲って行くのだった。しかも「それではいけない」とキャディーさんに注意される始末
。Oは完全に自分自身を見失っていた。何を思ったか手にしていた9番アイアンを膝にあ
ててへし折るところであった。見兼ねた私達は気をしずめるように優しくなだめたのであ
る。昔からなのだが、Oは血圧が上がっていると眉間あたりから多量の汗が吹出だす癖が
ある。この日もその汗は鼻の両脇を伝って終始芝へとポタリポタリ滴り落ちていたのであ
った。

ちょうど半分のあたり、9番ホールを回っている時だった。辛抱に辛抱を重ねていた空が
、辛抱堪り兼ねてついに泣き出した。それでもさらりとした軽い雨であったので気にも止
めずにそのままプレーを続行しハーフ終了、昼食をとる為クラブハウスへと戻ったのであ
る。和食膳をライトビールで咽の奥へと流し込んだ。
さあ、午後からのラウンドの時間だ。
「皆さん、午後からも回りますか?」
突然、先程まで一緒に回っていたキャディーが言ってきた。
私達はその為にここで昼食をとって待機していたのである。行かない訳がないのである。
「もちろん行きますよ、なにか?」
「ええ、それが、風雨がさっきよりもかなり強くなって来たので、他の皆さんは全て午後
からの方をキャンセルされたみたいですので・・・・・・」
ははーっ、そうだったのか。どうりであんなに混雑していたレストランが途中から蜘蛛の
子を散らすように減っていき、後半スタート直前には私達だけしか残っていなかった。そ
うか、皆後半スタートに向ったのではなく帰ってしまったという訳か。根性の無い奴らだ

「行けるとこまで行ますよ。よろしく御願いします。」
「はい、そうですか、解りました。それではそろそろ出発しましょう」
キャディーは覚悟を決めたのだろう、さっさと回ろうとばかりに私達をせき立てた。
外は午前中と違ってキャディーの言うように雨脚がひどくなっていた。私達は売店で雨カ
ッパを購入し、後半戦へと立ち向かったのである。
しかし・・・である。
コースを進むにつれ、これがまたとんでもない土砂降りになってきたのだ。グリーン上は
すでに雨水でたっぷりと満たされ、パターで打ったところでボールなんかはちっとも進み
やしない。ましてや激しい雨に煙って前方が霞んで見えなくなって来たのに加え、激しい
風まで吹いて来る始末。早く帰りたいキャディーさんは早く打て打てと私達を急かす。
「ああ、いいよいいよ誰も見て無いから、そのまま打っちゃって、ん、大丈夫大丈夫、バ
ンバン打って、それにしてもひどい雨ね〜」
その顔が鬼のように見える。
15番ホールだった。とてもプレー出来るような状況では無くなっていた。いくらなんで
もこれではと言う事になりここで断念。
「止めましょうかキャディーさん。これはもう無理ですね」
「でしょう。だから言ったでしょ、早く帰りましょう。さぁさぁカートに乗って乗って・
・・帰りますよ〜〜〜〜〜〜〜」
こうして私達の蓼科ラウンドは敢無く途中で幕を閉じてしまったのでありました。

ホテルへと戻ったのだが一向に激しい雨と風は止む事はなかった。むしろどんどんひどく
なっているように五感が感じる。しかし、まあここはホテルだし大丈夫だろう。時間の空
いた私達はホテル最上階にあるレストランバーへと向かったのである。
ゴルフは途中で中止になったものの、休暇のまったりとした時間はこれから始まるのであ
る。気心の知れたこの面子でこのリゾートの夜を、食事を、お酒を、そして友情を十分に
満喫したのであった。
素晴らしい一日として私達の記憶に刻まれた。

翌朝、ただならぬ物音で目がさめた。
「おいおい、いったいどうしたと言うんだこれは・・・」
大粒の雨の塊が横殴りの風に乗ってガラス窓に銃弾のように衝撃を与え続けている。窓枠
が揺れる程の物凄い衝撃音だ。
この異様な状況に私はベッドから起き上がるとテレビのスイッチを入れた。
ちょうどニュースが流れていた。
大型台風が直撃、風雨に荒らされたこの地が映し出されていた。しかも全面通行止めにな
っているらしい事を、カッパ姿で激しい風雨にもみくちゃにされながらレポーターが懸命
に発している。それはまずい、非常にまずい。
Oと私は今日これから新幹線で帰らなければならないのだ。
昨夜のうちに仕事の為にこのホテルを出発したO二号を除く私達三人は洋服に着替えフロ
ントへと急いだ。
フロントは身動きとれずに困り果てている泊まり客でごった返していた。私達もその一端
に連なった。
対応におおわらわなマネジャーらしき人物の手が空いたので、今度は私達が尋ねてみた。
「今日中に宮城と青森に帰りたいのですが何か策はありますか?」
「そうですね〜残念なのですがこの風雨です、現在ほとんどの道と言う道は通行止めにな
っておりまして、この山自体からも現状下りられないのが事実です。お急ぎの中申し訳あ
りませんがこのまま待機して頂くのが最善ではないでしょうか。天候が緩んでからの出発
をお薦め致します。」
彼の申し訳無さそうな顔の額からは大粒の汗が吹き出していた。
Oと一緒だと思った。
「そうか、だめか~。だけど長野新幹線は動いているってニュースでは言ってましたけど
、そこまでの道がダメなんですもんね。」
「あっそうか、新幹線のある町まで行ければ・・・そうか、そうだ、例えばね、この山を
下るのではなく逆に登るのであれば可能なルートがひとつありますよ。」
マネージャーらしき人物は閃いたとばかりに明るい顔を私達に向けた。
「えっ、方法があるんですか?それはぜひ教えて下さい」
「それはですね、この山を登るんです。確かそのルートは誰も通らないだろうと通行止め
にはなっていないはずです。そこをひたすら登ってそして登り切る事が出来たらひたすら
下って下さい。するとそこは佐久市です。そこまで行く事ができれば新幹線の佐久平駅が
ありますから、うまく行けば今日中に帰る事ができるはずです。ただ・・・・この天気で
すからかなり気をつけないと・・・・」
「わかりました。ありがとうございます。少し検討してみます。やはりこの悪天候だし慎
重に考えます。それではどうも。」
私達にとっては朗報であった。
どんな嵐が吹き荒れようと絶対に帰らなければならないのだ。それは実父の経営する会社
に勤めるOにとっても死守しなければならない課題であった。
「おいっやっぱりどうしても帰らなければならないよな」
私はOに振った。
「もちろんすよ、雨が降ろうがロールケーキが降ろうが明日はどうしても抜けられない仕
事が入っていますからね」
「ロールケーキはうまいよな~よしっ思いきってその山向こうとやらにトライしてみるか

私は強い決意でKへと向き直った。

「そうすね~~~~まぁタクシーで向うとすれば~~~~多分40分くらいはかかるかも
しれませんね」

「えっ!」

こっこの男、いったい何を言っているのだ。
一般的な頭脳の持ち主である私にはその奇想天外で的を射ない、ある意味狂気的発言内容
をすぐには理解する事が出来なかった。
タクシー?・・・・・タクシーを呼べば?・・・・・この大嵐の中、あちこち通行止めの
惨状でも、ここではタクシーがのこのこやって来るとでもいうのか?タクシーは私達の救
世主なのか?それとも正義の味方、そう、スーパータクシーなのか?

まぁいいまぁいい・・解った解った・・じゃあ仮にやって来たとしよう。

その寛大なるスーパータクシーがやって来たとしたら奴は私達をそれに無理矢理押し込む
事だろう、多分。しかし、その後、残ったお前と言う奴はどうしようと言うのだ。ひとり
のんびりと「あと一泊お願いしま~す」な~んて再びリゾート気分を満喫しようと言う訳
か?
それは面白い、確かに面白い、非常~に面白い。
しかし、それって何か大事な部分が違うだろ。
人として間違っているはず~うん~確かに倫理的ルール違反じゃないか。
ぐるぐるとそんな思いが駆け巡る長い時を経て、やっとのこと我に帰った私は言った。
「おいおい、お前はなんて薄情な奴なんだ。俺達にこの山の中でタクシー拾えって言うの
か。そんでそれに乗って帰れってか。おいおいおい、お前は鬼か!」
「えへへ・・・・冗談ですよ、冗談・・・・止まないすね~この雨」
奴はさり気なくかわした・・・・・つもりだ。
しかし、私は見ていた。奴の裏の表情を、しっかりと見ていた。何気なく発した最初の一
言は間違い無く本音であり、本気の発言であった。波打つつぶらな瞳がその冷酷さを物語
っていた。ここでこの事をこのまま流してはいけない。これからの長い人生、奴のために
もならない。
Oと私は愛を込めて奴の心の中に潜む悪魔を攻めた。
攻めて攻めて攻めまくったのである。

「も~行きますよ、行きますって。もちろん最初から一緒に行くに決まってるじゃないで
すか。えへへへへ!」

おお~良かった良かった、本当に良かった。
どうやらやっと10年前の純粋な頃の人間に戻ってくれたようだ。
このままほっとけばもう少しで悪魔が奴を飲み込んでしまうところであった。

「さぁっ、そうと決まれば出発だ!」

風雨荒れ狂う外の世界へと私達は歩みでた。

 
   
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