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第64話  不注意に要注意

 
   
八甲田の山々は蒼といっていい程澄みきった色合いに染まり、あたりには高原特有の密度
の薄い乾いた空気が軽やかに流れていた。バイクを駆る私の体をそれらが優しく包み込ん
では後方にさらさらと流れて行く。私は一瞬空を飛んでいるかの様な錯覚に捕われ、我を
忘れアクセルを全開に絞り込む。

16才の私には恐いものなど何もなかった。
いや、それは嘘だ。強いてあげるならば、ひっそりと暗闇にたたずむカマドウマくらいの
ものだった。これに関しては年を重ねた現在でもどうしようもなく苦手だ。3メートル程
先にたまたま奴を発見した時、私はその3メートルの距離を保ったままでぐるり回り道し
た事もある。
そんな無邪気なガキンコだったこの頃、両親を説得し何とか手に入れた「YAMAHAミ
ニトレ50」を相棒に、目の前にひろがる矛盾という果てしない荒野を彷徨いながらも思
う存分に突っ走っていた。この、バイクで風を切っているひとときが私にとってはこのう
えない幸福な時間であった。学校の問題であったり、人間関係の歪みであったり、また未
来への絶望であったり、そんな全く方向性を見失ってしまっている不安定な感情が一時的
ながらもすっきりと何処かへと消え去り、未来という目の前にひろがる空間が全身にぶち
当たって来るこの瞬間瞬間に心が激しく高揚したものだった。
大概私はひとりで走る事が多かった。
と言うのも、私の回りの人間の乗るバイクは殆どが750ccクラスの大型で、私のこれ
は、犬で言えば「チワワ」のような小型犬であり、それが大型犬の「シェパード」などと
一緒に走る様な無謀極まりない塩梅で、それを極力避けたからである。もちろん何度か一
緒に走った事はあったのだが、一瞬で彼等が私の目の前から消えてしまったのは想像のつ
く所だろう。そんな事が続けばいやになるのも当然の事だ。

丁度その頃、親友のHもバイクを買った。
それも「YAMAHA・GR80」。犬で言えばビーグル犬だ。
これは私のミニトレから見れば排気量もちびりと大きい最新型で、その分、間違い無く私
のものよりスピードが出るのである。が、ただ、スピードが出ると言ってもたかが知れた
もので、先の750ccクラスとは全く非なるものである。コーナリングなどでテクニッ
クを駆使すれば私のミニトレでも十分に付いていける、いや、もしかすれば追い抜く事も
可能なクラスなのである。そうなれば私としても走りがいがあるというもの。そんな訳で
似た者同士、なんだかんだと一緒に走るようになったのである。

そんな小さなバイクで小さな青春を駆け抜けていた頃のあるけだるい夏の日だった。
「おい、今度の土曜日の午後からキャンプにでもいかねーか?くそ暑いしもう絶えられね
ー。バイクでパーッと行こうよ」
突然Hが言い出した。
「そうだな、それもいいな。で、どこ行く?」
「近場でだと田代平高原なんかどうだ。あそこは涼しいしあの曲りくねったワインディン
グはかなり楽しめるぞ」
「そうだな、それじゃああいつらも連れて行くか」
私はいつもの頓珍漢なメンバーに声を掛ける事にしたのである。

土曜日の午後。
セミの声だけがけたたましいサイレンの様に街中に響き渡っていた。空も真っ青に透き通
り、太陽は容赦なく紫外線を放射し続ける、いわゆるピーカンだ。絶好のバイク日和であ
る。声を掛けていたNとJも二つ返事でOKをもらっていて、時間通りに集まった。

男4人に小型バイクが2台。
そう、この小さなバイクに道交法無視の二人乗り、それにテントなどキャンプ用品を大き
な袋に詰め込んでそれぞれの後ろの者が背負うという、かなりの積載オーバー&不格好。
あまりの重量にミニトレのショックは限界気味だ。それでもたいしたもので、甲高い高回
転音をまき散らしツーサイクルエンジンはぐんぐんと力強く前へ前へと突き進み、私達を
避暑地方向へと進路をとらせてくれたのである。運転はもちろん私とHで、私の後ろには
幼馴染みのJ、Hの後ろには私達4人組のなかで1番鎖骨の形が美しく骨ぼったいNであ
る。
街場を抜ける際に一番危険なのはパトカーとの遭遇である。交差点の角々、細心の注意を
払いながらまるで逃走犯でもあるかの様に注意深くあたりをキョロキョロ見渡し、しっか
りと確認しながらの大脱走劇。ハラハラドキドキワクワクの連続であった。
幸いにも難無く街場を抜け出す事に成功した。
次に姿を表したくねくねと無限に続きそうな先の見えない農道をひた走る事数十分、つい
に先が見えたと思ったその先には、これまた天を見上げる程に急激な勾配が続く上り坂に
、今まで以上にきついカーブが連続する大パノラマであった。
「面白くなって来た」私はそう思った。
今まで走って来たこの農道にしてもそうだった。一向に私達はHらの乗っている「GR8
0」に追いつけないでいたのだ。奴らは後方をちらほらと眺めながら、明らかにつかず離
れずの距離をコントロールしながら走っているのが解る。懸命にアクセルを全開に振り絞
り奴らに追い付いたと思うのも束の間、直ぐにまたはなされてしまう、そんなだらしなさ
の連続であった。しかしここからは違う。山岳地帯特有の過激な上り坂に加え360度も
回るカーブが連続で待ち受ける過酷な状況なのだ。ここからが腕の見せ所だ。
前を走る奴らのマシーンもギアを一段落として前方に迫るカーブに突っ込んだ。(う~ん
、たいしたものだ。)あの切り込み方はなかなかの腕ではないか。
次に私達にもそのシチュエーションが迫っていた。もちろんこんな序の口のコーナーで負
けている訳にはいかない。左足でギアをカチャリと踏み込んだ。
「えっ!」
パワーが一向に伝わって来ない。いや、エンジンはギアを一段下げた時からウォンウォン
と悲鳴にも近いうなり声を上げているにも関わらず速度が上がらないのだ。やはりこの急
勾配がきつ過ぎるのかもしれない。そう思った私はもう一段ギアを下げた。
「キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン」
エンジンが今にも焼き付きそうな奇音を発した。それでもそのまま左へと前体重を傾けひ
とつ目のコーナーを攻めた。しかしこのままこのギアで引っ張っていては本当にエンジン
がダメになってしまう。コーナーを抜けて直ぐにギアを戻した。するとやはりクォンクォ
ンとスピードが見る見る落ちてしまう。
奴らは遥か前方のコーナーを軽快に走破し続けているのがちらりと見えた。いったい私の
マシーンはどうなってしまったのだ。このどうにもならないやきもきとした状況にアクセ
ルを絞りながらも考えてみた。
どうしたんだ?どうしたんだ?どうしたんだ?どうしたんだ?
そうか!
私はやっとその原因を掴む事が出来た。
Jだ・・・・Jが重いのだ。この「ミニトレ」はたかだか50ccなのである。私ひとり
ならギュンギュン風を切って突っ走るのだが、推定体重80キロはあるだろう巨漢のJが
乗っているのだった。増してテント一式が奴の背中に食い込んでいる訳だから、どう見積
もったって100キロは加算されている筈だ。「GR80」組のNはせいぜい体重50キ
ロといったところだ。しかも排気量が幾分大きい訳だから走りの差はかなりのものになる
訳だ。しかししかし今更だ。仮に後ろの人間を取り替えようにも先ずは奴らに追い付かな
くてはならないのだ。どんなに果敢にコーナーを攻めようともどんどん奴らとの差は開い
て行くばかりだ。終いには私のこの視界からも奴らは完全に消え去ってしまった。
「このデブ蹴落としたろか」
心に毒舌をドックンドックンとはきながらも、私の右腕は目一杯にアクセルを開き続ける
しかなかったのである。

奴らは待っていた。
奴らは、遅くなってしまった私達をあの急勾配を登り切った平坦な所で・・・。
しかもタバコまで吸っていやがる・・・とんでもなく屈辱的な光景だ。
「待ってろよ、この野郎いますぐそこまで行くからな・・・・あっ、行きやがった」
奴らは私達の姿を視認するや「あ~あ、やっと来やがった・・・」とばかりにNが右腕を
大きく振り上げたかと思うと再び走り出したのである。なんと言う上目線なあの仕草。
「ゆるせん・・・・!」
私達のバイクがやっとこの急勾配を登り切った時、既に奴らは遥か前方、小豆大の大きさ
にまで離れ緩やかな左カーブを気持ち良さそうにライディングしていた。さあ、私達もこ
こからが本当の勝負だ。ここまで来れば、そしてスピードにのればこのデブの体重がきっ
と味方になってくれるはずだ。私達は休む事無くそのまま奴らの後を追ったのだった。
しかし、しかしである。これがやはり難しいのだ。平坦な平原に入ってからもどんどん奴
らとの距離は離れていくだけ、いくら頑張っても一向に距離を縮める事はできなかったの
である。
そこで・・・私はあきらめた。
この重い荷物ともいえるデブを背負って何をむきになって走っているのだと、我ながらこ
の無駄な負けず嫌いにも呆れ返ってしまった。
もっと楽しもうではないか。こんなに景色の良いとこじゃないか。
今までギンギンに振り絞っていたアクセルを私はそっと緩めた。あたりを占めている真っ
青な平原やそのまわりにそびえ立つ山々の稜線がくっきりと視界に飛び込んで来た。
「すばらしい・・・・・・・」
私はその雄大な景観にしばし見蕩れてしまった。
おっと危ない、カーブが迫っている。ゆっくりとした速度でまったりと半円を描きながら
心地よい風を受けた。
目的地であるこの田代平高原のキャンプ場までにはあと少し、5キロも走れば着くだろう
。前方に横たわる路面を噛み締める様にただゆったりと向かった。響き渡るエンジン音は
心地よくあたりへとちらばりながら消え去った。

どうゆう訳か奴らはそこにいなかった。
約束の場所へと辿り着いたのは、急勾配を登り切ったあのあたりからでもかなりの時間が
経っているから、待ちくたびれてちょっと何処かへ行ってしまったのか。もしかしてこの
先にあるあの小さな食堂かもしれない。私はJをこの場に残して確認してみる事にした。
だがそこにも姿は無かった。またその先にある温泉場へも向ってみたのだがやはり発見す
る事は出来なかった。
一本道だし移動していれば必ず何処かで出くわすはずなのだが・・・・。
結局、何処に行っても奴らに会う事は出来なかった。
私達は仕方なく待つ事にした。しょうがない、遅れたのは私達なのだから。

しかし、いくら待ってみたもののなんの音沙汰も無い。
(これはいくらなんでもおかしい)
そこで私達は一旦この来た道を戻ってみる事にしたのだ。先に行ってみても何も無かった
のだから、それでは、と言ったところだ。
Jが乗ると相変わらずズシリと車高が下がる。私はアクセルをグイッと絞り込んだ。直線
を2キロ程戻ると左に曲る大きなカーブが見えた。さっき通った所だ。この先にはまたす
ぐに右に曲る大きなカーブがある筈だ。ここは連続でカーブが続くかなり危険な所であっ
た。私はアクセルをやや戻して減速し安全にここを通過しようとした。
「え?あれ何?」
左カーブに差掛かったところで私の左目に不自然な光景が飛び込んで来た。一ケ所だけブ
ッシュがなぎ倒された部分があり、その先にちらりとグレーの金属片が見えたのである。
すかさず私は停車した。そしてそのかき乱された一ケ所を恐る恐る覗いてみたのだ。
奴らはそこにいた。
奴らは天を仰いだまま草むらの中にすっぽりと埋まるように転がっていた。手前にはHの
バイクが無残にも横倒しとなり粗大ゴミの様に転がっている。明らかに奴らはバイクより
遠方にすっ飛んでいる。よっぽどこの予想外の状況が可笑しかったのだろう、奴らは大き
な声で笑っていた。転がったままの姿で天に向って笑い続けていた。
それを目にした私達も一緒に笑った。

どうやら、最後のこの大きなカーブで奴らはミスったようだ。私達を数キロも離したのは
いいが、勢い余ってこのカーブを曲りきれずに突っ込んでしまったのだ。危険な樹木は奥
の方に密生してはいたが幸いな事に道路脇にはなかった。それで命は助かったのだ。神は
まだ奴らに「生きろ」と先の道をくれたのだ。

多少擦り傷などはあったものの奴らは大きな怪我も無く無事に済んだ。また、バイクの方
もミラーが片方見当たらない程度でエンジンは勢い良く火を吹いた。再び私達はキャンプ
場を目指して走り出したのである。
(大事にならずに本当に良かった)ハンドルを握りながら私は心からそう思った。ホッと
したと同時に、奴らのあの間抜けな格好と間抜けな表情が思い出され、笑いが込み上げて
来た。どうしようもなく可笑しくてたまらない。助かったからこそだろう。なんてひどい
奴だと思われようが可笑しくて可笑しくてたまらない。私はアクセルを絞りながら大きな
声で笑い続けたのだった。

ちょっとしてキャンプ場へと辿り着いた。
早々にテントを張る場所を探す為に芝の生い茂る原野へとバイクで入った。ブッシュがあ
ちらこちらに点在し、あたり一面には凹凸が激しい。そんなとんでもなくバウンドしなが
らの走行中にJが言った。
「おいっ俺タンクの上に乗ってみて~」
何を思ったのかそんなバカげた事を・・・・・だが、私は好きにさせてやった。Jはハン
ドルを握る私の前のタンクの上にずしりと座り込み、この激しいバウンドを楽しむかのよ
うに右腕を天へと突き上げ奇声を発し始めたのである。
「ホォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
私には全く前方が見えない状態になっていた。それでもまぁ原っぱだから多少前が見えな
い所で大した事はない。そんな事を思っている時だった。
突然激しい衝撃と共に私達は落下したのである。
「ズドー−—————————————————−—−—ン!」
それは草むらに隠れた大きな穴であった。
私の頭はくらくらとぼやけ、腰には激痛が走った。目の前にごろりと転がるJはしきりに
ケツを摩っている。何処かにその大きなケツをぶつけたのだろう。それにしても迂闊だっ
た。こんなところにこんな大穴が隠れているとは・・。
私はずるずると起き上がり、そして足元に転がっているバイクに目をやった。
愕然とした。
我目を疑った。
愛車のタンクが小さくなっていたのだ。激しい圧力によってペシャンコにつぶされ、通常
の半分のおおきさにまで圧縮されていた。原因はもちろん奴しかいない。間違い無くJの
ケツ圧だ。さっき一生懸命その贅肉のだぼつくケツを摩っていたのはそのせいか。あの体
重ならこれ位は朝飯前だろう。
私の肩からがっくりと限り無く力がぬけた。

「GR80」は右のミラーが見つからず、ハンドルはやや歪にひん曲がり、全体に細かな
キズがあちらこちらに散らばっていた。「ミニトレ」はタンクが半分の大きさにまで圧縮
され、かなり滑稽な姿に変った。それでもキャンプは楽しいものだった。16才のおバカ
な青春がそこには確かに存在していた。

その後も私達は人生の荒野を、道は違えどそのでこぼこ道を一緒に走り続け現在に至るの
である。行方不明のJを除けば・・・・・・。

 
   
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