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第62話  微笑みの予感

 
   
いつのまにか50才になった。
テレビのニュースで「・・なんとかさんは50才で・・」などと耳にすると、心の奥底に
根付いた固定観念とは恐ろしいもので、その人の姿は既に老人の風貌で脳裏に浮んでしま
う。私が10才かそこらで、世の中の成り行きなど微塵も関心が無く未だ袖口に鼻汁をこ
びりつけながら遊んでいた頃、私の視点での50才の人間は真しやかに完璧で立派で完成
された人間に見えていて、しかも笑わない人間として脳内にインプットされていた。それ
は少なくとも「年寄り」と呼ばれる部類に完全に属していたものだから、私自身がその年
になったにも関わらず、耳からその区切りの数字が入ってくると、頭の中では朽ち果てる
寸前のイメージがすんなりと収まってしまう。こうして年月を重ねて来て、その大台に乗
ってみて感じる感覚的認識は、大人を別な生き物として見ていた頃の感覚的認識となんら
変わっていないような気がする。根底にある基本的な思考はそのあたりからそんなに大き
く違ってはいないようだ。幼い頃あんなにも手の届かない遠く大きな存在に思えた大人達
も、もしかすればその頃の中身とそんなに大差は無くて「まぁこんなものだったのかもし
れない」そう思うとなんだか複雑な心境である。

この人生の大きな節目のような記念?すべき年に、中学の頃の同窓会のはがきが舞込んだ
。私にとっては生まれて初めての同窓会の案内状だった。思えば中学を卒業し、高校へ進
学すると同時に地元を離れていた。その為かどうかは定かではないが幼稚園から小学校、
そして中学校まで住んでいた土地にも関わらず、その地元からの誘いは一度も無かったし
、高校から上の学校に進むもこのうえなくあちらこちらと移動していた為にそのあたりの
誘いも全く受け取った試しはなかった。淋しい事ではあるが、すでにみんなの記憶からも
抜け落ちた存在であったのかもしれない。
しかし、これが20代、30代の頃であれば話が違ってくる。その頃であれば仮に誘いが
あったとしても、多分その気もなくそんなハガキは机の引き出しの奥にしまいこんでいた
事だろう。50才、この青春の欠片など微塵も残ってはいない年頃、老人とまではいかな
いが直ぐ先にそれが見え隠れしている年頃、いったん立ち止まって後ろを振り向いて見た
くなる年頃、そんな人生の半分以上を消費してしまった崖っぷちの立ち位置だから、案外
心が迷路の中にあるのかもしれない。
蒸し暑さの居座る夏の夜、感傷的な湿気が充満し「あの頃のみんなに会ってみたい」など
と思いが巡ったのだ。

会場に到着したのは集合時間の5分前であった。
会場内には既に40人程があちらこちらに小さなグループを作ってそれぞれの会話で盛り
上がっている様子。小学校低学年の頃からの付き合いで、今でも連絡を取り合っているH
が直ぐに目にはいったので、私はその席へと足を運んだ。Hとも直接会うのは数年ぶりだ
った。私も年をとった分、奴も同じく年をとっていた。それはそれで当り前の事なのだが
、それによって私自身の老いも再認識してしまうといったところだ。軽い歓談の後、座布
団に腰掛けてあたりを見回すと面影を残した解る顔がちらりほらり、全く解らない顔がち
らりほらり、全体的に入り交じっている。
誰とどうやって何から話し初めていいやら解らず、取合えずはこの場に留まる事にした。
その方が無難だ。上座の一端に往年のスパルタ先生連が3人程並んで座っていて、数人の
元生徒達に囲まれ笑顔を交えて話し込んでいる。どの先生も直ぐに理解が出来た。なぜな
ら、ここにいる同級生達と違って白髪の量と皺がやや増えた程度でそれ程大きな変化は見
られないからだ。担任だったK先生が左端でにっこりと笑っている。怒られた思い出がふ
わふわとまるで羽毛のように優しくあたりを舞いだした。あれは、友人を冗談半分にから
かっていた時だった。私が放送禁止用語を連発していると、後頭部に電撃的激痛が走った
。たまたま後方にいた先生に竹の物差で思いっきり引っ叩かれたのだった。そのまま職員
室へと連行され延々と怒鳴られた。今にして思うからこそ蜜のように甘く淡いが、あの頃
は苦いだけのものだった。いつのまにかふんわりと心地よく温かいものへと変わっている

司会を勤めるある男の合図でこの会は始まった。
まだまだこれから集まってくるのだろうと思っていたのだが当初の人数のまま増える事は
なかった。確か一学年200人弱の生徒はいたはずだから出席者は2割といったところか
。長い空白を考えるとそれでも集まった方なのかもしれない。それぞれのテーブルの上に
は中学卒業当時の写真一覧がコピーされ、配付されていた。その中にある顔達が、やはり
一番懐かしい。時代を感じるモノクロのそれを左手に持ち上げ、私はひとりひとり照らし
合わせて見る事にした。この作業でようやくそれぞれが誰なのか、かもしれないのか、な
んとなくではあるが視認出来てきたのだ。次に、私はビールを右手に握りしめ各テーブル
を回ることにした。それぞれの近況をさり気なく聞きながらしっかりと誰なのかの確認作
業に入ったのである。
その一連の行動の最中、私は重大な事実に気がついたのだ。
「N先生が来ていない!」
そうだ、確か私が受け取ったハガキの裏面にはN先生の出席が記されていたはずだ。もち
ろん現在のみんなにも会いたい気持ちは強くあるのだが、N先生出席の記載により、これ
は行かねばと強く決意した経緯があった。
その先生が何処を見てもいないのである。
何かあったのだろうかと、私の胸裏を微かな不安がよぎったのである。

N先生は英語の担当であった。
いつも膝うえ5cm程の品のいいミニスカートを履いていた。授業中黒板に向って英語の
文章を書いている時の後ろ姿に、特にその腰付きに、私の全神経は釘付けにされた。この
未成熟で軽率な胸はドキドキとはち切れそうに鼓動を打ち続けた。机の横を通った時など
は花の様な甘美な香りがそよ風みたいに鼻孔をくすぐり、その漂い続ける香りをどこまで
もどこまでも吸い続けてはうっとりとしたものだ。
単なるアホだ。
その浅はかなアホはアホなりに考え、N先生になんとか好かれようと、英語のスキルを上
げる為に近所の教会でやっている英語教室にも通ったものだ。それが、その猿知恵程度の
努力が、大きな実を結んだのだ。この時期、私はとうとう英語係という名誉あるポジショ
ンを任命されたのである。ほんのちっぽけな時間ではあったが、英語の授業の打ち合わせ
などでのさりげない会話のやり取りに、私は十二分に喜びを感じ気分は天にも登っていた
ものだった。それはバラ色の一年間と言っても良かった。

その先生が出席していないのだ。
それに気が付いてからと言うもの強烈に情報を得たかったのだが、現在、理性が肥大した
大人となっている私はみっともなく慌てなかった。冷静に、そしてさりげなく側にいた友
人に尋ねてみたのである。すると、簡単に返答があった。
「今日になって急に用事が出来たみたい」
そんな軽いものであって、どうやら今回の出席は無理との事であった。
残念だ!
残念だが、それが急用であって病気などではなかった事に内心ほっとした。
「これから先もぜひ元気でいて下さい、元気でいればまたいつか御会いする事が出来るで
しょう」
心からそう願い、汗をかいたグラスのビールをいっきに飲みほした。

集まった人数は決して多い方ではなかったが、気持ちの安らいだ時間だった事は間違い無
い。いや、それは、なんとなくみんなを把握し始めた途中あたりからと言ったほうが正し
いか。それまでは、直ぐにはその室内の雰囲気を素直に受け入れられず得体のしれない緊
張感がどうしても体から離れてはくれなかったから。

観察結果を噛み砕いて言えば、代り映えの激しいのは男性陣の方だった。体型が以前とは
全く別物だったり、顔に深い年輪が刻まれていたり、そして有るものが無かったり。
それに比べて女性達はなんと美しく変化していた事か。
中学の頃の女子の印象としては、未熟な私にとってはなにかと取っ付き難い存在であり感
情の起伏の激しいイメージが付きまとう。しかし、今ここにこうしている女性達は全く違
っていた。みんな以前よりもふっくらと丸みを帯びた温帯性の感情が沸き出ていて、それ
に伴い笑顔の中に優しさが満ちあふれているではないか。母性を伴った慈愛と落着きを感
じる。どうやらこれまでの長い年月が、彼女達を穏やかでおおらかで強い者へと変えてい
たようだ。
私はすっかり感服してしまっていた。

生まれて初めての同窓会。
思いきって行ってみて本当に良かったと思えた。
それぞれが日本中、あるいは世界中に広がりを持って仕事をし、そしてしっかりと生活を
している。普段は頭の中を過りもしない幼い頃の思い出。しかしここでは共通の経験を分
かち合って過していた分、当り前の様にみんなの話が弾む。時空を越えた素晴らしい時間
だった。

出来る事ならまた数年後に会いたいものだ。
あと5年後・・・・か。
その時に再びみんなに会う事が出来たなら、なんの違和感も持たずににっこりと素直に笑
みがこぼれ、直ぐにもとけ込める事だろう。

この豊潤なひととき、最後までいくら考えても解らない奴がいた。
司会を勤めた「ある男」である。最初に顔を合わせた時に「おう、元気」なんて迂闊にも
発してしまったものだから、後からも名前を聞くに聞けない。毛髪も真っ白になっていて
昔の面影が全く見えて来る事もなく、いくら考えても誰なのか見当がつかなかった。その
うち酔いも回りはじめその思いすら薄れはじめ、そしてとうとう解らずじまいで解散とな
った。

翌朝、自宅のリビングで食事をしながら例の顔写真集をぼんやりと眺めていた。
「んっ!」
ひとりの男に目が止まった。
「奴だ、これは奴に違い無い!」
私は手にハシを握ったまま叫んでいた。
「そうだったのか奴はTKだったのか・・・・・」
この写真のこの顔にはしっかりと昨夜の面影が刻まれ、顔と顔が重なった。
しっくりと馴染まない、まるで他人行儀な私との会話に奴はうんざりしたに違い無い。次
回、まっさきに話し掛けたいひとりとなった。

私側からのこんな勝手な思いを綴っている訳だが、あの和やかな雰囲気の中でどうしても
腑に落ちない私へのいくつかの視線が気になっていた事を思い出した。
まさか・・・と、突然にポッカリとひとつの疑問が浮んだ。

「みんなは・・・私の事を誰なのか解っていたのだろうか?」

 
   
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