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第60話  人間として失格

 
   
「風呂わいてますよ~、先に入るすか~!」
間近で発したとみられる直球な声が頭蓋骨にぶち当たった。
「ん・・・なんだ・・・風呂って?・・・ここは・・・どこだ!・・・私はいったいここ
でなにを・・・・。」
重いまぶたをギシギシと5ミリ程持ち上げ、その薄っぺらな隙間からあたりを見回してみ
るものの、目に入るものはいつもの慣れ親しんだ風景ではない、なぜここなのかそのいき
さつを思い出そうと脳内回路がフルに回転している。
これ以上把握が困難だと、脳ミソがショートして耳から煙でも吹出しそうだ。
シングルベットにひとり・・・あの声・・・・・・・。
そうだ!
このベッドはK二号のベッドだ。ここはK二号の部屋で・・・それでG市だ。気付かずに
何かいけない事を仕出かしてしまったかの様な得体のしれない不安が胸中渦巻いていたが
・・・・これですっきりと晴れた

2006年・晩秋
満を持し、K二号はついにこのG市で独立を果した。ずっと願っていた事だ。その祝も兼
ねて私は八戸での仕事を片付けた後、急いでこのG市へと向かったのだ。到着した時はす
でに午後10時を回り街全体がさやさやと静まりかえっていた。K二号の住むアパートは
大きな川の河川敷に面したのどかな場所であった。そのK二号の部屋の二軒隣にはHも部
屋を借りており久し振りに彼にも会う事ができた。その後その三人で「ABC」というバ
ーに向い、朝方まで飲んだのである。旅先の街と言う事も手伝い、いい調子で酒も進み、
いままで封印していたテキーラをいたずらにHが注文するものだから、するりと飲んでし
まった記憶がある。やっぱりあれがいけなかった。一杯が二杯に、二杯が三杯にとエスカ
レートしてしまっているはずだ。はずだというのも、いままでの経験上、記憶が曖昧な時
はいつもそうだ。何杯飲んだのかは皆目見当もつかない。

今、私は、猛烈に頭が痛い。もう絶対に酒などは止めてしまおう、二度と飲みたくもない
などと決まって考える最悪の目覚めだ。しかし幸いな事に、頭が痛いだけでつきものであ
る吐き気が無い。これだけでもラッキーな事だ。
重い体をゆっくりと持ち上げ頭に刺激を与えないように起き上がった。
私を呼ぶあの声の持ち主はHだった。
「ありがとう、今直ぐにそっちに行くよ」
ドアのそばに立っているだろう彼に告げ、ゆっくりと立ち上がった。

私のためにHは自身の部屋の浴槽に、自慢の温泉を湧かしておいてくれていた。そう言え
ば昨夜、まだ私がこのG市に到着直後で、皆で食事をしている時に彼が言っていた。
「あの部屋の風呂って温泉なんだよ。建物は昔モーテルとして使っていたもので、その中
でもこの温泉と言うのが売りだったんでしょうね。モーテルを止めてから室内を住宅用に
改装してこうやって貸しているけど、温泉だけはじゃんじゃん出ますからね。水道代もか
からないし最高っすよ!」
確かこんな内容だった。
早々湧かしてくれたとはありがたい。
熱い風呂にでも浸かればこの二日酔いも吹っ飛ぶかもしれない、私はその好意に甘え入る
事にした。表面張力も限界とばかりになみなみと茶褐色の液体が溢れていた。いかにも温
泉、いかにも体によさそうだ。私は一気に胸のあたりまで湯船に浸かり、豪快に湯をまき
散らした。ザザザザザ~実に爽快だ~!
その直後だった。
先程まではなんともなかった「吐き気」が、急に襲い掛かって来た。
この熱湯が急激な血圧の変化を誘発し、封印してあったデリケートな部分の封をはいでし
まったに違いない。
((ここで吐く訳にはいかない))
ここで吐けば間違いなく排水溝が詰まってしまうだろう。とっさにそう考えた私は左手で
しっかりと口を押さえながら、今度はゆっくりと湯船を抜け出た。空いてる右手で素早く
体を拭き、パンツも履いた。
そしてそのままトイレに向かい、胃酸をたっぷりと含んだ胃の内容物を唸りをあげながら
激しく絞り出したのである。
どうやらこの熱い風呂が引き金となってしまったようだ。
激しい頭痛はそのままに、めまいを伴う鬱陶しい吐き気までが私につきまとう事となった
。それは数年来経験のないひどいものであった。

一時間程休憩した後、未だふらふらの状態ではあったが車で部屋を出発した。昨夜から予
定していた立佞武多の館に向かったのだ。
それはそれは、大層立派な建物であった。
立佞武多本体が高さ22メートル、ビルの5階以上の高さがあると聞いていたので、当然
その館はそれよりも大きい訳である。あたりには低層の建物がほとんどなので、ひと際で
かい。
一歩、二歩、建物のなかに足を踏み入れた瞬間、その内部の佇まいに圧倒されてしまった
。見上げると首が後方に90°も折れ曲がってしまうといった超大型佞武多が、ここには
なんと三台も収納されていたのだ。かつての経験値を上回る壮大さだ。天井の高さは30
メートル以上はあろうかと思われる巨大な吹き抜けの空間になっている。6階建てのビル
がすっぽりと収まるくらいか。その巨大空間では立佞武多を充分堪能出来る様にと、回り
を螺旋状に通路がぐるりと設けられ、それを上りながらてっぺんまで360°見渡せるよ
うになっている。あまりにも高さがあるのでエレベーターまでついている。出陣時は、そ
の立佞武多よりも巨大な一枚のドアがゆっくりと開くという。正に幼い頃にテレビで見た
ガンダムの基地そのものであった。

と、ここまではよかった・・・あまりの視覚的衝撃に我を忘れていたから・・・。
螺旋状のその大きな通路を、立佞武多を中心にぐるぐると回りながら登る事数分。
きた~~~~~~~~~~~!
のどのあたりまでも熱いものが込み上げてきた。胃がおもいっきり収縮しているのがわか
る。これはすでにやばい状態だ。入館時に確認していて良かった、トイレは確か一階のロ
ビーの脇にあることは知っていた。が、私の立っている位置は、すでに5階あたりの高さ
だろう。急がなければいけない。まさかこんな神聖な場所でもどす訳にはいかない。永遠
に続きそうな螺旋通路は避け、私はエレベーターを使う事にした。運良く直ぐ側に乗降用
のドアがあった。
私の前方5メートルを歩いているK二号とHに現状を告げる時間は無かった。
手で口を押さえ、右手で胃のあたりを摩りながらドアの前に進むと、運の悪い事にたった
今上から下に向かって下りて行ったところだった。
やっちまった。
降りる為のボタンを何度となく押し続けたが観光客の多いせいもあり、上る以前に降りて
行く行程が遅々として進まない。これ以上は待てないと判断した私は無情の螺旋通路を下
へ下へと向かった。ぐるぐるぐるぐる増々目を回しながら通路を早足で歩いた。途中何度
か込み上げる場面があったがしゃがみ込んで堪えた。そしてやっとのおもいでトイレに辿
り着く事に成功したのだ。男性用トイレには個室がふたつ、こちらは運が良かった、ひと
つ空いていた。私はすでに口の中にまで込み上げていたゲル状の酸っぱいやつを思いっき
りぶちまけた。
ウオ~~~~~~~~ゲッゲッゲ~ゲコ~ゲコ~~~~~~~~!
すると隣の個室からガタガタッと何かが何かにぶつかる異様な音が聞こえた。たぶん私の
激しい嘔吐音に驚き、そしてまたおののき、便器から滑り落ちたのかもしれない。
アイムソーリー
私はその便器を抱きしめ吐き続けた。よくもまあこんなにも体内からいろいろ出るものが
あるものだと感心。
ひと段落し、洗面所でうがいをして顔を洗いロビーへと向かった。
すでに彼等はそこで私を待っていた。螺旋通路をすり足でひた走る私を確認していたらし
い。
私達はそのままここを後にした。次に、やはり昨夜から予定していた太宰治の生家「斜陽
館」へと向かったのである。
斜陽館の専用駐車場へと車を止めると、そこには観光客のための大きな食道が用意されて
いた。みんな朝から何にも口にしてはいなかったので先に腹ごしらえをと、この食道に入
った。K二号とHは「太宰ラーメン」を注文した。「太宰ラーメン」とはいったいどんな
ものだろう?と考えた私だったが間違いなく食えないだろうと、コーヒーを注文した。
しばらくして「太宰ラーメン」が運ばれて来た。何処が太宰なのだろうとそのラーメンを
観察してみると、ワカメとタケノコが黄金色に輝くスープの上に載っている。太宰はこの
タケノコやワカメが好物だったのかもしれない。初めて見る新鮮な光景だが、かなりうま
そうだ。元気な時にもう一度来る事が出来たらぜったいにこの「太宰ラーメン」を食いた
いと正直思った。

数分後、私のコーヒーが運ばれてきた。
その温かい液体をチビリと口に含んだ。
きた~~~~~~~~~!
再び例の逆流が襲ってきた。体内反射は熱いものに敏感なのか、そしていったいいつまで
続くのだ。
もうしばらくは酒なんか飲まないぞ!と固く誓い、すかさずトイレへと向かったのである
。結局コーヒーすら受け付けなかった。彼等はなんて幸せ者なのだ、あんなにうまそうに
ラーメンをすすっている。羨ましいかぎりだ。

「斜陽館」のチケット売り場へと向かった。
「案内をつけましょうか?」そのチケットを受け取る際に誘いを受けた。なにぶん初めて
のところなのでそれにこした事はない。
「お願いします」
私達はそれをたのんだ。
いやいやいや、外装もそうだが内装もすばらしい、とんでもない豪邸ではないか。階下2
78坪、二階116坪、想像の範囲を超えている大きさと豪華さだ。和室から洋室、金貸
業務の豪華絢爛な店頭から米蔵までかなりの贅を尽くした作りになっている。当時とした
ら大変なものだったのだろうと容易に察しがつく。案内係りのお姉さんは一階からニ階、
ひと部屋ひと部屋、親切に私達に説明してくれていた。とても感じの良い人だ。
ひと通りの説明を受けながら、二階から一階へと階段を降りている時だった。
このちょっとした気圧の変化で、
きた~~~~~~~~~~!
こんなところで突然きやがった。
お姉さんの流暢な説明を優雅に聞いている場合ではなくなった。非常事態である。まさか
太宰の生家でゲロはまずい。残りの部屋は後わずかだからなんとかふんばらなければなら
ない。
必死の思いで堪えに堪え抜いた。

その甲斐あってなんとかぎりぎり終演まで辿り着く事が出来た。

((なんとかもってくれた、だがそろそろ限界だ))

館内全ての案内を終えたお姉さんはにこやかに微笑んだ。
「これで終了です、もし解らない事があればどうぞ・・・・何か御質問はございますか?
」一瞬の静寂の後、私は幾分小さな声で「はい!」と発し同時に右手を胸のあたりまで上
げた。
「あっどうぞ、なんですか?」
お姉さんと目と目が合い、そして再び微笑みをくれた。
私は精一杯の冷静さを装い声を発した。
「あの~便所はどこでしょうか?」
「はい?」
彼女は一瞬戸惑った。
そうだろう、こんな陳腐で下劣でお粗末な質問を最後の最後にするやつなんていやしない
。彼女はその小さな動揺を振払うかのようにひと呼吸入れ、やんわりと答えた。

「この土間を左へ進みすぐに右、その突き当たりですよ」

おお~さすがの切り替え。

「ありがとうございます。」

丁寧にお礼をした後、私は小走りにその方向へと駆けた。

昔も敷地のこの辺に便所があったとすれば、もちろん太宰も幼少の頃からこのあたりで用
を足していたに違い無い。今、私の支えとなり、愛おしくもあるその白い陶磁器の新型洋
式便器を力強く抱きかかえ、頭でそんな他愛無い事を考えながらこれが最後とばかりに長
い時間はき続けた。

 
   
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