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  第6話  グランドピアノをバックに  
   
店のお客様にMと言う女性がいる。聞けばある高級クラブで仕事をしていると言う。
酒を飲みに出掛けるとすればもっぱら近所の庶民派的な小料理屋が主な私にとっては、と ても縁のない場所である。
そんなある日M嬢は『今度、時間があったら飲みに来てよ。安くしといてあげるから。』 と言うのである。
どんな所なのか少し覗いてみたくなった私なのだが、とてもひとりでは未知の世界に足を 運べる訳もなく、友人のTとUそして私の店のスタッフであるK(一号)に一声掛けてみる ことにした。
するとなんと全員二つ返事でGO,GO,GO!
これで意を決した私はM嬢に一本電話を入れた後、4人でいざ出陣と相成った。
全く初めて行くお店なのだが、おおよその見当はついていたので案外楽に発見する事が出 来た。
しかし着いたは良いがそのドアの前には、高級スーツに身を包み、しっかりと前を見据え たドアマンが仁王立ちしているではないか。
『おいおい、マジかよ。』と私達は顔を見合わせてしまった。
だがここで怯んではいけない、せっかくここまで来たのだから一度は高級クラブと言う所 を体験してみたいではないか。
私は思いきって『M嬢をお願いしたい』と言う意向をドアマンへと伝えた。
すると案外すんなりと快く向かい入れてくれたのである。

重厚なドアを開け店内へと通されると、案の定私のかつて経験した事のない異空間がそこ には広がっていた。
薄暗照度に設定された天井スポット、各主要点に配置されたフロワーランプ、豪華な調度 品に加え壁には数々の絵画、そして座った瞬間底まで沈んでしまうのではと思われる程の ゴブラン織のソファー。なかでも眼を見張ったのは、フロワーの中央部分に明るいスポッ トライトを浴びて威風堂々鎮座しているグランドピアノである。
そのグランドピアノではスーツ姿で品の良い初老の男性が優雅な曲を奏でているではない か。
M嬢から席に通された私達はその豪華なゴブラン織りのソファーへと腰を下ろした。だが その瞬間私達はふと我に返ったのだ。
私達の服装である。ボロボロの穴のあいたジーンズやスウェットパンツにスニーカー、着 流しのシャツにJKTはN-3Bと言う、まるで貧粗極まり無く、到底この場所にはそぐ わない様な姿を4人全員しているのである。
そう言えば入店時、私達は異生物でも見るかの様な数々の突き刺す視線を浴びていた様な 気もする。
この時点で私達はもう静かに飲むしかなかった。M嬢はその様子に気付いたのか
「大丈夫だよ」とは言ってくれたが、私達はさらに飲み続けた。
そうこうしている内にバーボンのボトルは2本目へと突入し、さすがに私達も徐々に酔い が回って来てしまっていた。
『やばい、これ以上飲むと私は理性を制御出来なくなってしまいそうだ。』
その時だった、ピアノを演奏していた紳士が何を血迷ったのか、私達に向かって

何か歌いませんか?

と声を掛けて来たのだ。
私はすかさずKに何か歌うよう促してみると、Kはなんの躊躇もなく

「知床旅情お願いします。」

と言いながら、ピアノの方へと向かって歩いて行ったのだ。
Kも相当酔っていた。あの静寂な歓談が続く雰囲気の中、ピアノの伴奏をバックに
知床旅情を熱唱しているのである。

その時、向側のお客様が2組程帰った。
次にUが「勝手にしやがれでー!」と叫んでいた。
Uもまたかなり酔いが回っている様子で、今度は振りも交えてピアノを背に熱唱している

この空間でピアノの繊細な音色とパワー全開のUを見ているうちに私は段々と酔いがさめ てくるのを感じた。そしてフッと気付くとまだたくさんいた筈の他のお客様が誰一人とし ていない。
皆さんお帰りになってしまっていたのだった。どうやら私達はやらかしてしまっていた。
(やらかした事はどうも取返しが付かない様子だ。)
だが、それでもM嬢はなんだかいつもよりも楽しそうに私には見えていた。
他のお客さまは誰もいなくなり、なんだか逆にリラックスしてきた私達4人はもう歌うと 言う野暮な行為には終止符を打ち、ピアノの奏でる美しい旋律の波を全身で甘受しながら 大人の夜を充分に楽しんだのであった。

その後、M嬢は何度か私の店へ遊びに来てはいたが、「また飲みに来て」などとは二度と 口にすることは無かった。

高級クラブでの経験はこれが最初で最後であった事は言うまでもない。

 
   
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