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第57話  カンニング考

 
   
人間として、いや、生物として生を受けた以上将来必ず迎えなければならない「死」。
この避けては通れない重大問題について小学5年生だった私は、同級生女子の児童的女心
を解明する事よりもさらに深いところで悩んでいた。あたりが明るい昼間のうちはそれで
も気が紛れる何事かが回りに存在するからいいものの、夜が深刻だ。
年を重ねた今なら酒のひとつもあおればバタンキューと何も考えずに眠りにつくことがで
きるのだが、知恵も勇気も金もないガキの頃ではそう簡単には行かない。目を瞑ったとた
ん、「不安」という真っ黒で大きなバケモノがどこからともなく忍び寄って来ては、私の
純粋な心をかき乱した。死んだら目で見る事は出来ない。死んだら耳で聞く事は出来ない
。死んだら体が無くなり何も感じる事は出来ない。死んだら世の中が移り変わって行く過
程は解らない。いったいどうなるのだ?いや、どうなるのではなく何も無くなるだけなの
だ。
それが・・・・解らない?
この終着点の見つからない迷路のような思考が順繰りに頭の中を回りだしたらもう止まら
ない。考えて考えて考え抜いてもなんの解決作も見出せずに夜の闇の中ひとり泣き濡れて
は朝を向かえた事も度々であった。

それを目にしたのは三時限目の国語の授業中であった。私のひとつ前の席に座っている友
人の様子がいつもと違うのだ。いつもなら黒板や先生の動向などを追い前方を見ながら授
業を聞くのだが、不可解な事に自分の足元に視線を投げたままじっとして動かない。よく
よく観察していると時折肩を震わせ泣きじゃくっている様子。奴はクラス委員長として普
段気丈に振る舞っているだけに心配になった。
そこでその授業が終了した休み時間に私は尋ねたのである。
「お前なんで泣いてんの。何かあったの?」
「ん~実は、死を考えていると泣きたくなるんだ」
思いもよらないフレーズが奴の口から湧き出した。
あれあれ、それは私と同じではないかとなぜだか心が緩んだ。私自身、そんな仮想を間違
っても口にする事はなかったし、つれづれ悩んでいる同級生なんて誰もいないだろうと考
えていた。増して普段の奴のリーダーシップから考えてみてもかなり意外な答えであった
ので、正直驚いたのも確かだ。
奴は昼間の明るい環境に至っても「死」が恐怖として目の前に大きく存在し続け、その小
さな心を苦しめていたのだ。私も全く同じ事を考え悶々とした闇を耐え忍んでいる事を初
めて伝えた。奴は共通の悩みを持った友人の存在に安堵し、ほっと安らぎの表情を浮かべ
たものだった。それからは授業中に泣き出すような事はなくなっていた。
私としては、夜半はその「死」という壮大なテーマに悩み続けながらも、それと同レベル
で悩んでいるもうひとつの難解なテーマを抱えていた。
それは「スマートなカンニングの方法」を見出すというものであった。主観としては確実
で無駄な動きがなく絶対にばれない事。何故か私は手際良く美しいとも言えるカンニング
方法に執着し、昼間はその方法を考えている事が多かったのだ。「死」と「カンニング」
が同レベルにあること事態通常では考えられない事なのだが、事実考えていたのだからし
ょうがない。そんなあやふやで不完全でチグハグなところがまだまだ幼稚なところなのだ

どうすれば、いかにきれいに実行出来るか・・・・。

初期の作品は鉛筆に細工をしたものだった。
新品の鉛筆を用意した。シンがとんがり出している先の部分とケツ側の約1cmをそのま
ま残す形で中腹あたりを縦にまっぷたつにカッターで切り分ける。
当然片側にはシンのとんがる先端部分とケツの部分がついている長い物と、先端部分とケ
ツ部分のない短い物とのふたつのパーツに分かれる。その短い方が開閉できるフタになる
部品だ。そのふたつに分かれた鉛筆の内側をU字の彫刻刀でえぐるのだ。中身のシンなど
余計な部分をきれいにえぐり取ると、そこには小さな半円筒型の凹みが作り出され、その
ふたつのパーツを合わすと内側には円筒型の小さな空間が出来る。その空間が大きな役割
を担うのである。内側をえぐり取られたふたつの部品には、うす紙にボンドを付けたもの
を蝶番がわりに貼りつけたうえ元の鉛筆の姿へと戻す。つまり、鉛筆型の収納ボックスが
できるのである。もちろん先端がある訳だからちゃんと筆記具として使える。それに使用
する鉛筆は丸形よりはやはり六角形のものが適している。なぜなら角の部分をカットした
方がカットラインと角とが重なってカットラインが端からは解りづらいからだ。
次ぎにその空間に収める小さな巻物を用意する。空間の縦の長さに合わせた薄紙をくるく
ると巻き上げて、鉛筆の腹の中の空間にしっかりと収まる太さに合わせる。これでハード
の部分は完璧なのだ。
ここからのソフトの部分がまたひと苦労だ。
中に収納する為の巻物を全教科分用意した後は、その紙に教科ごとテストに出題されそう
な箇所を教科書から抜粋し、極小文字で書き綴っていくのである。まるで写経職人のよう
な細かなこの作業に膨大な時間が掛かるのだ。とにかく教科書を読みまくり、書きまくる
のだ。ひとつの教科巻物を作り上げるのには優に1時間はかかる。一日のテストが3教科
もあれば、結局深夜までも時間を費やす事になるのだ。だが、何としてもやり抜かなけれ
ばならない。これが完成する事に寄って明日は百人力の援軍を得、恐いものなど何も無く
なるのだ。
普通の勉強なんか絶対にするものか。

当日、テストが始まった。

深夜まで続いた緻密な作業のせいで体は疲労困憊してはいるものの、心強い味方を手に入
れ確固たる自信を得ている心は晴れ晴れとしたものだ。
たった今配られたテスト用紙に、私は目を忍ばせた。
一問目は昨夜の予想が適中していた。それは小さな文字で、確か最初の最初、書出しあた
りの角の部分に書きこんだ覚えがあった。鉛筆に内蔵された巻物の答えを見るまでもなく
、正確な答えが頭の中に浮んだ。
良かった、良かった。書きまくった甲斐があるというものだ。
二問目に目をやった。
これも巻物の中程に書いた覚えがあった。そしてまた頭の中に投写された映像に答えが写
ったまんまで正解のはずであった。
次も、また次もそうであった。
解らない答えも当然中にはあったのだが、その答えについてはこの秘密兵器の中に記載が
ない事もはっきりと理解出来ていた。よって巻物を取り出す事もなく、なんなく諦める事
も出来た。
結局、一晩汗して作り上げた秘密兵器を最後まで使用する事はなかった。
ほぼ合格ラインの問題の答えと、諦めなければならない少しの問題とを全て把握できたか
らである。
なんてことだ!
せっかく苦労して作りあげた秘密兵器のフタを開ける機会が無かったのである。
皮肉な事に、紙に正確な答えをびっしりと書く事によってしっかりと復習になっていたの
である。昨夜の隠密行動は形のひん曲がった単なる勉強であった。
テストも残り時間が少なくなったあたり、把握出来た答を全部書いてしまった私は、
「ハッ」と我に返った。
カンニングという不正行為をまったくしてはいないのだが、この細工した鉛筆が先生に見
つかったどうしようという不安が心の大半を占めだした。何かの拍子にこれがばれてしま
っては本も子も無い。カンニングはしてはいないのだが、間違いなくカンニングした事に
されてしまうだろう。それは非常にまずい。
筆箱から細工の無いまっさらな鉛筆と、何食わぬ顔でチェンジしたときの心拍数は計り知
れないものがあった。あれだけ本を読んで内要を書き写していれば、理解出来る出来ない
に関わらず頭の中に映像としてカンニングペーパーそのものが映し出され、そこに記され
た文字を追う事が出来ていたのだ。

それでも私は真っ当な姿勢で勉強が続かない。

研究の末、次ぎに考案したのが厚紙の半円型であった。これは鉛筆と違って製作が簡単で
、しかも画期的な出来映えであった。半円型であるから、先ず厚紙を直径30cm程の円
状に切り抜き、それをまた半分に切り分けたシンプルなものであった。それを机の天板の
裏側、つまり開口部の手前上部のへりに半円紙の直径の直線部分を合わせ、その直線の中
心あたりを画鋲でとめるのである。すると普段はまったく見えないで隠れてしまうのだが
、画鋲を中心に180°回転させると半円がほぼ全て開口部のこちら側に姿を表すのであ
る。必要のない時は再び180°回転させると完璧に姿を消してくれるのである。仮に机
の中を覗かれたとしても天板にぴったりと張り付いたペーパーを発見する事は容易な事で
はない。
「私は天才だ」
これを考えだした時にはそう思ったものである。
だがしかし、これもどっちみちこの半円の紙にあらゆる角度から答えを書き込まなければ
ならないのだ。そしてやはり真剣に書込む事により、テスト中、書き込んだ半円紙がその
ままの形で脳内スクリーンに投影され、その映像を見て答案を書くのである。
やはり今回も全く使用しないのである。そして再び、解答を書き終えた時点でそのカンニ
ングペーパーがそこに存在する事に大きな不安を覚えるのであった。
それならだまって勉強すればいいじゃん!という事なのだが、いかんせんそうは問屋が卸
さない。ただ単に勉強という品行方正的行為がわずらわしくて出来ないのである。集中力
が続かずに直ぐに投げ出してしまうのだ。
結局、何かを組み立てていく、作り上げていくといった建設的な製作過程での副産物とし
て書き込んだ単語なり文章を憶えていただけで、勉強している気はさらさらないのである
。憶えなければいけないものは全く頭に入らず、憶えなくてもよいものはどこか頭の片隅
に勝手に入り込んでくる。まったくもってひねくれた脳質になってしまっていた。
この方法も勉強の一貫なんだという思いが強くなると、カンニングペーパーの製作に対す
る情熱はすっかりと冷めてしまっていた。とは言え答案用紙を白紙で出す訳にはいかない
。結局私は、テストの前夜、半円のペーパーに答えを書き込む作業を続けざるおえなくな
ってしまっていた。いっその事半円型のノートが売っててくれれば楽なのに・・・と思っ
た。

困ったものだ。

闇の中、脳裏を圧迫していた「死」の妄想については、お年玉を掻集めて買った、テルテ
ル坊主型のプラ弾を発射させるエアーライフルにはまった途端、すっかりと消え去ってし
まった。

単純なものだ。

 
   
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