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第54話  夕焼けエレジー

 
   
なぜか右を見ている。
私が運転している車の前方5メートル程先を走るスーパーカブに乗った老人は、不思議と
ずっと右側を見たまま走っている。
その老人の見る方向には老朽化してはいるが未だ堅固な二階建ての小学校校舎が存在し、
その目前にはあちらこちらで砂埃を舞い上げて子供達が駆け回っている校庭が広がってい
た。彼はこの小学校の卒業生で、懐かしさのあまりにこの道を通るたびに建物自体を眺め
ているのか、はたまたそこに遊ぶ元気な子供達を愛おしくも眺めているのか、縁もゆかり
もない私にはまったく見当もつかないが、確実に直角に右側を眺めたままの状態で進路を
前方に向かって走っているのだ。
私にとっては気がきではない。50メートル程先には既に黄色に変わった信号機が待ち構
えているのが見えているのだ。このままの速度で前方の信号に気付かずにその老人が走り
続ければ大事になってしまうのは間違いない。私のこの切なる心配をよそに、老人はその
ままの形でひた走る。私は滅多にクラクションを鳴らすことはないのだが、この時ばかり
は鳴らそうと覚悟を決めた。
さらに赤に変わってしまっていた信号機の手前5メートル、まさにクラクションの上に私
の右手が掛かった瞬間だった。ピタリとさりげなく、その老人の乗ったスーパーカブは停
車線手前で止まったのである。
「ひぇ~~~~!」
中国雑技団でも舌を巻くだろう。
どんな裏技を駆使し、止まるべき所でしっかりと止まったのか定かではないが、その止ま
った時点でも間違いなく老人は右側を見ていた。頭上に乗っているジェットヘルは確実に
右側面を私へとちらつかせ、備え付けのプラのシールドもその方向を向いたままで天をめ
がけて跳ね上がっている。
私の頭の中は混乱した。
しばらくして信号が青に変わった。老人はその右をむいたままの奇怪な格好で再びスムー
スに前方へと発信しだした。
「ひぇ~~~~!」
見えない何かに対するフェイントなのかもしれないともとれるが、見えないものは見えな
いのでフェイントしてどうなる?もしかすればとても不安定なそのスタイルがその老人の
安定的なスタイルなのか。生まれながらにして顔面は右を向き、目はしっかりと向かうべ
き方向を捕えているのか。
再び私は混乱した。
この状態のままこの老人に付いて行くのは漠然とだが危険すぎる。
とっさにそう判断した私は、この交差点で逃亡者のように左折に転じた。
ホッと一息ついた。
それでも妙に気になった私は右後方に淡々と過ぎ去って行くその老人にちらりと目を向け
てみた。やはりヘルメットは右を向いたままでバイクは真直ぐ進むべき方向に走行し続け
ながら、やがて建物の影へと消え去った。
やれやれ・・・。
あれがいつものスタイルだとすればあまりにも宇宙的だ。別れたあとも心配は止む事はな
かったが、二度と会いたくはないと思った。
タイミングよく左折し気分も上々に走行していると、またもや前方に交差点が姿を表した
。そして直ぐにもその信号が赤なのに気が付いた。先程の右向き老人と走っていた道路は
片側一車線の相互交通であったのに対し、現在走っている道路は片側二車線でトータル四
車線、そのセンターを1メートル幅のグリーンベルトがはしるやや広い幹線道路であった
。片側二車線路であるからして、信号が赤であればその停車線には二台の車が平行に停車
するのが普通である、が、今、私の目の前で停車しているK自動車は、二車線を分けるセ
ンターラインをきれいにまたいだ中途半端な形でちょこんと停車し、信号が青に変わるの
を待っていた。なんらかの訳があり、やむおえずこういう事になってしまったのだろうと
勝手に解釈し、私はその軽自動車の左側後方に車を付けたのである。K自動車の右側後方
、つまり私の右横にもすぐに他の車が付いた。私はそのたった今隣に止まった車に目をや
ると、その車のドライバーも私を見ていてパチリと目が合った。そのどんよりと曇った表
情から、前方にあるK自動車をいぶかしく思っている事は間違い無いだろう。
そんな他人の思慮などよそにK自動車の運転席側からは、タバコのものだろうと思われる
煙がプカプカと心地よさげに立ち登っているのが見えた。目を凝らすと、ひとりの白髪の
老人が全開の窓枠に片ヒジを掛けて、手にはタバコをつまんでいるのが見えた。時折その
タバコを口に運んでは、窓の外に大きく深く息を吐き出している。
そのたびに半透明で白けた煙の一群がゆらゆらと揺らめきながら天に登っては、やがて同
化していく。
信号が青に変わった。
K自動車は一向に走り出す気配がない。老人と分っているだけに少しばかり待つ事にした
。私の隣の車のドライバーと再び目があった。
なんだか私達は意気投合しそうな勢いだ。
待つ事数十秒、K自動車は「あっ青に変わっていたのか、な~んだ」とばかりにピクリと
車体が波打った。
その先頭を支配するK自動車、ここで方向性に対する意を決したとみえ、二車線の右側車
線方向へとトロトロ走り始めたのである。右折するのかもしれないと私達は素直に思った
。それに合わせるかたちで走り始めていた私の右側のドライバーは軽いブレーキで危険を
避けるために再び停車した。思いも寄らない路線変更で左側車線はポッカリと空いた形に
なったので、私はラッキーとばかりにアクセルをグッと踏み込んだ。ディーゼルエンジン
特有の深みのある軽やかな回転音が徐々に唸りを上げ始めた。
そんな時だった。先程まで右に舵をとり、右折の雰囲気をプンプンと漂わせて走り出して
いたK自動車が、突然左車線へと向きを変え始めたのである。右から左へ迂回でもするか
の様な大きな曲線を描きながら、私の車の前方へするりと回り込んで来たのである。この
不謹慎極まりない愚行中でも窓からタバコをつまんだ片手をのぞかせ、なに食わぬ顔で煙
を漂わせている。
突然の方向転換に慌てた私は、とっさの急ブレーキとハンドル操作でこれを回避した。ど
うやら衝突だけは免れる事が出来たようだ。
私達にとっては全く予想外の展開であった。当然私達の後方に並んでいた数台の車にとっ
てもそうであっただろう。唖然と停車している私達を後目に、あろう事かそのまま単線の
横道へと左折しようとしているのである。
この予想さえしなかった変則的な動きに、私達は停車したままでその様子を伺うはめにな
った。その方向性から左折の意志を強く感じるとしても、ハンドルを左に切る速度よりも
どうやら走る速度が幾分早いように思えた。
案の定、曲がり切れない流浪のK自動車は、対向車線側の歩道部分になんの躊躇もなくド
カンと片輪乗り上げてしまったのだ。たまたまそちらの車線で信号を待っている車も、歩
道を歩いている人達もいなかったからよかったものの、もしかしたらの大惨事である。
そんな過激な境遇にあってもその老人には一寸の動揺も見られない。相変わらず右腕を窓
枠にかけたままタバコをふかし続けている。そしてその歩道を5メートル程利用して態勢
を整えるや、再び路線へと返咲いたのである。
この時点でやっと前方が開け、私達は再び走り出す事ができる環境になった。
軽い速度で前へと進み、その交差点に差掛かったところで私は先程のK自動車へちらりと
目をやった。
「ひぇ~~~~!」
再び驚愕の場面を目の当りにしてしまった。
老人はまったくぶれる事なく対向車線を、右側を走っているのである。
相変わらず車窓からはだらりと腕がたれ、タバコの煙がほんわかと天に向かって伸びてい
る。滑らかな超スロースピード。

老人は純粋な日本人に見えてはいたが、実はアメリカ人だったのかもしれない。
それは、かつて私が仕事で何度となく訪れたサンタモニカを起点とする旧街道、ルート6
6を彷彿とさせる極めて旅情的なアメリカの原風景であった。

HAVE A NICE DAY , EASYGOING OLD MAN !

その言葉だけが、燃える夕焼けのルート66をひた走る老人の背中を追った。
行先にはサンタモニカビーチの美しい波形が輝いているのかもしれない。

 
   
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