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第33話  ネオン管おじさん

 
   
1950年代から70年代にかけて生産されていた「MADE IN USA」における造 型デザインや断トツでトップを走っていた時代のギラギラ文化が、私は全般的に好きであ る。
ジーンズを筆頭に車、音楽、生活雑貨、そしてランチハウス等の建築物などこの年代のあ らゆるジャンルの物に対して興味があったのだ。
確か16、7才あたりからこれらに関する物を収集し始め、その収集に一番力を入れてい た時期は30才を少し超えたあたりに思う。この頃既にデットストックはもちろんの事、 ジャンク物までも希少性や程度の善し悪しによってはアンティークの域にまで達し、個々 の値段も急上昇しており、とても直ぐに手を出せる代物ではなくなっていた。だから興味 を持ちはじめた若い頃にはお金が乏しく、30代の頃には値段が高くなってしまっていて 、やはり直ぐには手は出せなくなっていたものだ。皮肉なものである。

それでも長い年月をかけてコツコツと収集した物の中には、ネオンクロックやネオン管な どの照明器具も含まれており、それらを時々、故障は無いか点検がてら点灯して見ては、 その眩いばかりの独特の雰囲気を楽しんだりなどしたものだった。
そんなある日、例のごとくネオン管を点灯しようとスイッチをオンにしたのだが、数有る 中のひとつだけ一向に点灯しない物があったのだ。配線やら器具の裏側やらあらゆる箇所 を覗いてはみたが、やはり電気に関して素人の私には点灯しない原因を掴む事は全く出来 無かった。
そこで電話帳を片手に片端から電器屋に電話をしてみたのだが、何処の電器屋でもネオン 管の修理は請け負ってはもらえなかったのだ。
やはり特殊な物らしい。
そこで、まさか知ってる訳はないか?と思ったのだが、たまたま新店の打ち合わせに来て もらっていた馴染みのS工務店の社長に、それとなく聞いてみたのだ。すると、幸いな事 に彼はネオン管屋を知っていたのである。これはナイスタイミングであった。直ぐにその 在り処をゲットする事が出来たのである。翌日早速に故障と思われるネオン管を手に、そ のネオン管屋へと車で出向いたのだ。

その場所は地図を描いてもらったので直ぐに発見する事が出来た。
玄関のドアを開け「こんにちはー!」と一声掛けてみた。だが一向に返事がない。人の気 配すらないのだ。
そこで私はもっと大きな声で「こんにちはー!」と叫んでみた。

すると一番奥の方にある、トイレだろうと推察出来る陰気で薄暗く間違いなくカマドウマ がいそうな場所から、初老のおじさんがひょっこりと姿を表したのだ。
そのおじさんは鋭い目つきでこちらを見るなり『なんだ!』といかにも不機嫌そうに言っ たのだ。
とても客商売とは思えない程ぶっきらぼうでテンションの低い対応である
(なんだかその目の焦点があっていない様にみえたのは気のせいか!)
私はその横柄な対応になんだか拍子抜けしてしまったのだが、どうしてもこの大事な物を 直したいと言う一心で気を取り直し、持参したネオン管の状態を出来るだけ詳しく説明を したのだ。
するとおじさん『ネオンの事ならこの俺にまかせろ!』と自身の胸をポンと叩き、この後 延々と彼のいままで設置して来たネオン管の歴史を聞かされるはめになってしまったので ある。
その話の中おじさんは、闇雲に脇にあった2本の電気コードを手に取ると、
その2本をなんの躊躇もなく接触させたのだ。
当然、私達の目前で接触したコードは激しくガッガッガッとスパークしたのである。
『電気とはこうなるんだ!』とおじさんは言った。
「おいおい、勘弁してくださいよ!そんな事は言われなくても解ってますよ!」と私。
すると今度は変圧器のような黒い物体から出ている2本のカラフルなコードを手に取り、 その2本のコードの先を木のテーブルの天板の端と端に押し付け、徐々に近付けていった のだ。
するとどうだ、間隔が残り30センチ位までに近付くとさっきよりも数倍激しいスパーク 、いやいや小爆発が起き、その木のテーブルの上面にライン状の大きな黒い焦げ後が出 来たのである。

『どうだ!これはちょっと強いだろう!』と自慢げにおじさん。

さすがにこの衝撃でちょっと腰のひけ気味の私に返す言葉は無かった。
その唖然としている私に向かっておじさんは、
『ちょっと触ってみるか?』と言うのである。
((あれあれ~何言ってんの?こんな物に触ったら間違い無く死ぬわい!))私はこんな事は もういいから、この私の持参したネオン管を直して欲しいとしっかりと告げたのだった。
すると『こんな物はすぐ直るから置いて行け!』と、な~んだもう帰るのかよ~とつまら なそうな感じなのだ。
しかし、これ以上ここに居たら、このおじさんが何を仕出かすか解らず若干の恐怖を感じ た私は「おじさん!なんとか御願いしますよ~!」とだけ告げ、とっとと自宅へと帰った のである。

修理完了期日の二日後、私は修理の済んでいるはずのネオン管を受け取りに恐る恐る出掛 けたのだ。
するとその日、ラッキーにもおじさんは留守で、おじさんの奥様と思しき方が対応してく れ、例の電流被害に合う事もなく無事に生還する事が出来たのだ。
私はホッとしていた。
だがこの後である。再度打ち合わせで来ていたS工務店の社長に、先日紹介してもらった 例のネオン管屋での出来事の一部始終を話してみたのだ。
(火花バチバチで大変でしたよ~!)と冗談混じりに私が言うと、
(そうか。やっぱりか~。)と彼が言うのである。
『あのネオン管おじさんは数年前にパチンコ店のネオン工事中に大きな感電事故を起こし て、一命は取り留めたのだが、
それから頭の具合が少し悪いらしいんだよ。』と彼は続けたのだ。
そんな経緯があったのか、どうりで様相から言動まで何か変だった。
しかし、そんな重要な事は最初に言えよ!社長さん!と言う感じでもあった。あの時の
(ちょっと触ってみるか?)は案外本気だったのかもしれない。
いやいや本気だった。目が真剣だった。あの時、早目に帰って良かった。
ひとつ間違えると危なく私自身が一瞬だけ輝くネオン管になり、“パッ”と散っていた所 だった。
あれから十数年経過するが、あのおじさんは今でも元気でバチバチやっているのだろうか ?な~んて気になる所だ。
でも行かない!

 
   
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