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第31話  初めてのマイバイク

 
   
バイクの免許を取得したのは17才の時だった。
周りの友人なども殆どがバイクと言うちょい悪で粋な乗り物に憧れ、運転免許取得の為に 教習所通いをしていたものだ。
私の場合16才になって直ぐにはどうしても両親の許可が下りず、高校の2年生になって から、ようやく教習所に通う事が出来る様になったのだった。しかし、この1年間のブラ ンクが極めて重要な位置を絞めていた。
なぜなら、この年から政府の法改正によりバイクの免許は小型二輪、中型二輪、大型二輪 の三つに区分され、以前のように400ccのバイクを使用し教習を終了しても、排気量に関 わらず全てのバイクに乗れると言うのではなく、これからは中型二輪(400cc以内)以下 しか乗れないのだ。
しかもこの中型二輪免許を先に取得して一年が経過しなければ、大型二輪免許の教習さえ 受ける事が出来なくなってしまっていた。
これにはほとほと困惑してしまったが、決定したのもは仕方が無い。ここで私一人がだだ を捏ねても何の解決にもならない事は、充分承知出来るまでに少しは成長していたので、 この事は真っ青な大空の様な大きな心で受止め、免許が取れるだけでも幸せ!と元気ハツ ラツーで教習所に通ったのだった。

晴れて免許は無事に取得出来た。
免許は手にしたものの、肝心のバイク本体は私にとっては夢のお話であった。
私より先に教習所通いを始めていた友人達は、バイクの排気量には当然制限などなく、親 の許す限りの大型バイクを乗り回していたのだ。当時では「KAWASAKI RS-Z2 750」や
「HONDA 750 Four」などが主流であり、新車で購入したこれらのバイクを友人達はよく乗 り付けていたものだった。この頃、私はRSを借りて乗っている時に一度警察に補導されて おり、それ以来これらの大型バイクを借りて乗るのは控えていた。
そこで、私の免許でも乗る事の出来る400ccのバイクを友人Sにちょくちょく借りては乗 っていたものだ。
それは、「KAWASAKI 400 SS」であった。このバイクは凄かった。400ccで2サイクルなの だ。
軽くアクセルを回すだけで簡単にウイリーしてしまう程で、ゼロヨンだけなら750ccクラ スにでもなかなか負ける様な事はないのだ。当時でもSSを見るのは稀で、750ccのSSもあ ったのだが私自身それには出会った事は無く、750SSとはどんなモンスターなのか想像も 出来なかった。

私は「HONDA 400 Four」通称4in1(フォーインワン)が欲しかった。
4本の排気管を途中1本にまとめて排ガスを吐き出す集合管形式の物で、この排気管の造 り出す曲線ラインが極めて美しいのだ。
まさに工業デザインにおける造型美である。毎日の様にカタログを眺めてはため息を漏ら し続けていたものだ。
時折バイク屋のショウウインドウに飾ってある4in1を見てもまたまたため息なのだった。

そんな時である。私を見兼ねた父親が、
『そんなに欲しかったら買ってやる。』などと言ってしまったのだ。
私はかつて味わった事のない程の喜びが全身を駆け抜け、そしてスパークした。
そうと決まれば速攻である、直ぐに父親を連れ立って私の買うべく4in1にソフトタッチす る為に、スキップしながらバイク屋へと向かったのだ。
それは真紅に輝くタンクを装備したピカピカのビゥーティフルサンデーよろしくビゥーテ ィフルバイクであった。
私の顔がほころんで今なら誰にでもやさしく出来そう(K一号が遅刻しても大丈夫?)な 浮かれ気分を味わっていた。
父親は『一週間後にまた来るからしっかりと整備して置く様に!』とカッコイイ決め台詞 をバイク屋に告げ、この日は自宅へと一緒に帰ったのだ。
まるで私の未来が開けた感覚。

この一週間はワクワクドキドキの本当に長~い長~い一週間だった。一日千秋の思い、待 ちに待った記念すべきその日はやっと訪れてくれたのだ。
早速、父親と一緒にあの真紅の4in1のあるバイク屋へと出掛けた。
そして、ついに父親がその真紅の4in1の横へと立ったのだ。

すると、何を思ったか突然4in1の隣に陳列してあった
「YAMAHAの黄色のミニトレ50」を指差し、『これをくれ!』と言ったのだ。

OH MY GOD ! WHAT ARE YOU TALKING ABOUT!!
((おいおい、なんて事を言うんだ。それは違うぞ。
それはミニトレと言うちっちゃな原付だぞ!だれがそれを買うの?え…俺?))

『そうだ。お前にはこれで充分だ!』

ガチョ~ン!

何を言っているのか、何が起きたのか全く理解出来なかった。
一週間前の父親とはまるで別人へと変化した父親がそこには立っていた。
何度か詰め寄ってはみたが無駄だった。
もうどうする事も出来ない程、父親は絶対であった。
私などが文句を言っても、『だまれ!』の一言で事が終結してしまうのはあまりにも明白 だ。

その後私は、大型バイクを乗り回す友人達を後目に、50cc特有のあの甲高い排気音を響か せながら2年間もミニトレと共に荒野を走り続けていたのであった。

 
   
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