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第24話  分岐点

 
   
八戸は全国でも有数の水産都市である。
特にイカなどは漁獲量が日本一であり、ひとつのブランドにもなっている程で、その他で もイワシ、サンマなど多種多様な海の幸が数多く水揚げされているのである。
其故港町や市場などは活気に溢れ、この不景気な時代にありながらも選り好みさえしなけ ればなんらかの仕事はみつけやすい所なのかもしれない。
私が今の店を開いたばかりの頃は、店の売り上げだけでは飯も食えず、私自身この市場で は随分お世話になったものだ。
店を新規開店して丁度2年目あたりまでは、昼間は店に立ち、深夜2時から昼前位までは 市場でアルバイトと言う生活を送っていた。

その当時お世話になった会社はT水産と言う、八戸ではなかなか大きな部類の会社であっ た。
昼も夜も仕事と聞けば大変過酷な感じを受けがちだが、実は案外楽しかったのである。
特に良かったのは朝飯だった。
朝から新鮮なマグロの中落ちなどと言う普段めったに口に出来ない物から、数種類に及ぶ 刺身、焼き魚、カレー、納豆、卵焼きなどは常であり、なかでもあら汁などは最高にうま かった。(これはさすがに週一位かな?)

この食事にあり付く為にアルバイトをしていたと言っても過言ではなかった程だ。
それとこの市場と言う特殊な場所ならではの満ち溢れる活気と、それらの醸し出す独特の 雰囲気が好きなのである。港町特有の荒っぽさに加え、老若男女の区別なくそれぞれ個々 にやたらと元気がいいのである。
ある時などは、私が軽トラックに魚を満載して人々でごった返している車道を運転中に、 これまたリヤカーに魚を満載して、それを引いているおばあさんと衝突した事があった。
おばあさんはすっ飛んで地面に叩き付けられたが、直ぐにむんずと立ち上がると、私をキ ッと睨み付け

「こらーっ!どご見で運転してんだ!ちゃんと前見ろ、ボケ!」

と怒鳴ったかと思うと、また直ぐに何事も無かったかの様にシャンとしてリヤカーを引き 出したのだ。

街方面でこんな事があったならば間違い無く警察沙汰である。
私は、なんて体と精神の強い威勢のいい人達なのだと感心したものだった。こういう人達 と一緒に仕事をしている事によって、私まで元気を貰えるのだ。

だがこの頃一度だけ死と言うものを間近に感じた時があった。私は上司の指令により体育 館程もある超大型冷凍冷蔵庫から冷凍のイカを運んで来るようにと言われた事があった。 そこで、私はパワーリフトに乗りその冷蔵庫内へと入って行ったのだ。
その冷蔵庫内には5m位の高さからそれ以上の高さのものまで、高々と箱詰めの冷凍イカ が積んである。
もし仮にこれらが崩れ出したら私などはひとたまりも無いのである。其故慎重にパワーリ フトを操作し、ある一山の冷凍イカを運ぶべく、土台である木製の台へとリフトの爪を差 し込んだのだ。だが、少しばかり斜に入ってしまったのかうまく奥まで入って行かない。
そこで私はもう一度チャレンジする為に、一旦パワーリフトをバックさせたのだ。
この時である。不注意にも私の後方に積んであったあの冷凍イカの山脈にパワーリフトの 尻をガツンとぶつけてしまったのだ。

((しまった!))と、とっさに天井を見上げると、巨大な冷凍イカの一山が弓なり、私に迫 ってくるのである。
―私は全く動く事は出来なかった―

だが、幸いにも神は私を見捨てはしなかった様だ。冷凍イカの山は私側へ崩れ落ちる寸前 の所で1度止まってくれたのだ。そして今度は反対側へと弓なり、それからはゆらりゆら りと振り子の様に前後に揺れ続けていたのである。
危なかった。危機一髪である。仮にもう少し強くぶつかっていれば間違い無く冷凍イカに 押しつぶされ、私まで冷凍になるところだった。
こんなとても危険で素晴らしいワクワクする様な体験を、この他にも数多くさせて貰って 全くもって私は幸せ者である。

こんな生活が2年も続いた頃であっただろうか、私はこのT水産の社長から、
『話しがある!』と呼ばれたのだ。私が社長室へ入ると、社長からイスに腰掛けるように と勧められ、そしてこう言われたのだ。
「君はうちでアルバイトをしながら、自分で店もやっているそうだね。その店の調子が悪 いのならうちの会社に入らないか。それとも店の事だけを考えてそれに集中するか。どち らかに決めた方が良いと思う。今のままではどちらも中途半端になってしまうぞ。」

私は考えた。そして短い沈黙の後、私は自分の店に集中する事を決断したのだ。
すると社長は、「分かった。それで良いと思う。ひとつに集中して頑張る事が大事なんだ 。もしまた何かあったら訪ねて来い。」と言ってくれたのだった。
その後、やはり暫くは四苦八苦の状態ではあったが、数カ月後にはなんとか飯が食える状 態までになって来ていた。
商売に集中しろと言ってくれた社長の御蔭なのかもしれない。

私にとっては分岐点だったのだろう。
社長は私のケツを叩いてくれたのだ。感謝の一言である。
ただひとつ、T水産を退社しての心残りはあの朝飯である。あれはうまかった。私は今で も時々あの朝飯の夢を見る。

機会があれば朝飯時に合わせて(久し振りですね~!)などと言って訪ねてみようかと、 何度思ったことか。
だが、この決断だけはどうしても中途半端で終わってしまうのである。

そしてあれから数十年が経過した2006年。地方都市での商店街の状況はあの頃とは全 く異なり当時の賑やかさは薄れていく一方の様である。
そろそろまた前方に新たな分岐点が表れて来るのだろうか?

人間万事塞翁が馬と言う事でこれからもガンバリマ~ス!

(いや~っ!まだまだ暫く引退は出来そうもない様です。YAMADA-SAN!)

 
   
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