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第22話  スバル360

 
   
学生であった頃の私は生活の向上を計る為に夜はクラブでアルバイトをしていた。
クラブとは言っても現在の様な音楽系のものではなく、女性が接客をしてくれる、言わば キャバクラの高級版である。
場所は新宿なのだが、新宿にしては比較的落着いた佇まいの三光町という所で、地下には 映画館なども併設してあるテアトルビルの8Fにあり、女性が200人以上も所属する大 所帯であった。
(このビル内には当時カリスマ的人気を誇るお店で、「ロンドンナイト」と言うイベント などでも有名なツバキハウスも入居しており、よく裏口から入れてもらったりなどしたも のであった。)

この私のバイトするクラブに連日のように足を運ぶ、ある建築会社の社長がいた。
彼は大勢のお気に入りの女性を指名しては豪遊の限りを尽くし、その都度多額のお金をこ のクラブへと落として行くのが習慣になっていた。
私の記憶では毎月ゆうに600万円位は使っていた筈だ。
現在でももちろんそうなのだが1979年当時ではさらにすごい金額である。

その彼が徐々にお酒を飲んでは支払いを現金ではなく小切手で支払う様になり、ちょっと した金額などはツケをもする様になって来ていた。
巷では不景気風の吹き荒れる中、私達スタッフもこのまま彼に豪遊させておいて、貯まっ て来ていたツケをこの先回収していけるのかどうか少し心配になっては来ていた。
そして、そう感じていた矢先である。
そのツケの方ではなく、更に大きな金額である彼発行の数百万円の小切手の方が不渡りに なってしまったのだった。
やはりそれ以来彼はパッタリとクラブへは顔を出さなくなってしまっていた。
しかも、自宅や会社もまったく連絡がつかない状態なのである。

そこでクラブの社長からお金の回収を命じられた私は連日彼を探し、数日後やっと彼に会 う事が出来たのだが、これがまた悲惨極まりないものであった。

彼の建築会社は既に倒産の憂き目に遇っており、奥様と子供達は実家へと帰ってしまって いたのだ。
しかも担保にとられてしまったであろう家財道具の一切残っていない家にポツンと社長ひ とり佇んでいたのである。
この家も数日中には立ち退かなければいけない筈だ。
これはどう見てもお金の回収など出来るような状態ではない。

私は、とりあえず彼にお金の支払いについての話しをしてはみたものの、やはりどう転ん でも無理であった。
そこで諦めついでになにげに辺りを見回した時、債権者連中が見落としたと思われる小さ な車を発見したのである。
(いや、債権者はこの車に興味がなかったのだろう。)

それは薄汚れた「スバル360」であった。

手ぶらで帰る訳にはいかない私はその車を変わりに貰う事にしたのだ。
彼はすんなりと私の要求を受け入れたのである。
だが、とても請求金額に見合う代物ではない。この車を持って帰ったもののクラブの社長 はカンカンである。
しかし、今更いくら怒鳴ったとしても私達はお金の回収に向かうのが遅かったのだ。
この事を理解している筈の社長は、やはり今回のお金の回収は諦めた様子で、このお金に もならない車は私にくれたのだった。
私は逆にラッキーだった。
晴れてこの「スバル360」は私の東京での便利な足になってくれたのだ。

バッテリーの小さなこの車は、すぐにバッテリーがあがってしまう。
そこで私はこの「スバル360」を毎日押しがけしたものだった。
これがまた楽しいのである。

運転席側のドアを開け、左手でハンドルを握り右手を車体に掛けて同時に押すのだ。走り 出したら車へ飛び乗りギアをセカンドに突っ込む。これで100%エンジンが始動した。
もちろん原宿でも青山でもどこでもひとりで車を押してはエンジンを始動させたものだ。
幼馴染みのJともこの「スバル360」でよくドライブを楽しんだ。
暇が出来ればすぐにふたりで目的もなくブラリと「スバル360」で出掛けるのだ。

深夜、銀座へ向かった時だった。
数寄屋橋の交差点へと続く螺旋道路をスバル360が登れない事態になった事があった。
どうもJの体重が重すぎたようだ。
それを押し上げるだけのパワーを残念ながらこの「スバル360」は持ち合わせてはいな かったのだ。
即座にギアをローまで落とし10Km走行である。
案の定、出会ったパトカーにすぐに停車命令を受け、そのまま近くの銀座のど真ん中にあ る数寄屋橋交番へと連行されてしまった。
運の悪い事に、この時私は免許不携帯でもあったのだ。
その為その交番で朝が来て電車が走り出すまで待機させられた事などもあった。
(この時、私が青森県出身である事を話すと、これでも食えと警官がリンゴをくれた事を 記憶している。)

今となっては大変楽しい思い出である。
「スバル360」には東京での生活を充分に堪能させて貰った。
現在ではこのスバル360を目にする事は皆無であるが出来ればまた乗ってみたいと思う 車のひとつである。
とても可愛い車である。

 
   
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