アップルマラソン大会まで後2週間と間近に迫っていたある日の早朝。 私はいつものようにジョギングに出掛けた。 大会も近い事もありこの日はやや長めの20キロを走る予定にしていて、ちょうど片道10キロ地点で折り返してそこから半分、5キロほど折り返してきたあたり、向こうから迫ってくるひとりの姿があった。 それは、お互いの走る時間が変わったせいかここしばらくは遭遇出来ていなかったHさんだと、歩き方からすぐにわかった。 「どうもお久しぶりです」と私から声を掛けた。 「あら、久しぶりだね、でも、ちょっとどうしたの、走りが随分重くなってるよ」 唐突なHさんの言葉に絶句。 「ですよね、やっぱりそうですよね、近頃キロ6分切れないんですよ、足が回らなくて」 自覚はしていたが、ストレートな言葉はなかなかくすぐったいものだ。 そんな厳しい言葉の直撃から2週間後、私は弘前に入っていた。 5年ぶりのマラソン大会に心は踊っていたが、不安も確かにしっかりと身に染みていた。 早朝4時、早めに起床し買い置きの食事を食しエネルギーを補充する。大会用のウエアーを揃えてシャツにはゼッケンを取り付ける。シューズにサングラスに時計、準備は万端だ。 私は椅子に腰かけテレビをつける。この時間はテレビショッピングだらけで何も面白い奴はやってない。テーブルに置いた携帯電話に手を伸ばした。 その時だった、背中に激痛が走った。 「えっ、今」 瞬時絶望が脳裏を過る。年に数回起こる原因不明の背中の激痛。これが発症するとゆうに1週間はまともに走ることなどできやしない。 棄権するしかないか、ここまで来て悔しいが仕方がないか、それでも時間はまだあるしどうにか出来ないものかとしばし途方に暮れる。せっかくここまで来たのに・・・。 何か治す方法は無いのか・・・そうか鎮痛剤があればなんとかなるか・・・かつてこの状態で薬を飲んだことは無かったが試してみる価値はある・・・そう考えた私は痛い背中をかばいながらホテルから出て車に乗り込んだ。ドラックストアーは開いてはいない、この時間では無理だ、そうだコンビニはどうだ、そう考えて回ってみたが風邪薬がせいぜい鎮痛剤の姿は見当たらなかった。どうしよう、私は車を路肩に止めてしばし考えた、が妙案は浮かばない。 すると停車中のこの車の左側にあった焼鳥屋から、ひとり初老の男性が玄関ドアを開けて外に出てきた。左手にはスプレー洗剤と右手には雑巾が1枚、外の換気ダクトにそのスプレーを噴射して拭き掃除を始めた。外のダクトまで掃除するなんてなんてきれい好きな人なんだろう、こんなところはきっと味もいいんだろうな~なんて思う。 この時ふと妙案が浮かんだ、ここの店には鎮痛剤とかのストックはないのだろうか?と。 これは千載一遇のチャンスなのかもしれない、一か八か聞いてみる事にした。