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第199話  カメ吉は突然に

  8歳の頃の私にはトトと呼ばれる兄貴がいた。
トトは私より3歳ほど年上の生意気なトラ猫である。彼は、夜中の便所を怖がる年下の私を完全になめきっていた。薪ストーブの脇で私が暖をとっていると、そこは俺の席とばかりに私に体をぶつけてきては「どけっ」とにらみつける。私はすごすごとその場所を離れてトトに譲るのである。
トトは、その我が特等席にごろりと横になるとまずは手足をまっすぐに伸ばし、次に大きなあくびをひとつした。彼にとって私の存在などはまったく取るに足らないものであった。そしてぐるりと寝返ると、目ヤニの付着した瞼をすっと閉じてぐっすりと寝入ってしまうのだった。
当時、祖母の家はすでに古いものだった。家の中の壁と引き戸の間には、あちらこちらと隙間が空いていて、隙間風がいつものように通り過ぎる。まるでそれが当たりまえのように、あくまで自然に。
そんなんだからトトは家の外も中も常に自由だった。
トトは毎朝のようにスズメやネズミを捕獲してきた。自身の朝食は自身で調達する、まるでそれがこの家の決まりごとなのかのようにふるまった。そしてその釣果を、寝ぼけ眼の私の眼の前にぽとりと置くと、「どうだ」と言わんばかりの得意顔で私を見上げた。
私に、そうして兄としての威厳を見せつけると、ぱくりとその獲物を咥えてはひょいと姿を眩ませた。どこか秘密の場所で、彼はひとりゆっくりと食事を楽しむために。
その祖母の家には表玄関から裏口へと障害物もなく抜けることのできる、まっすぐな土間路が1本建物内を貫いていた。まさに土の道が家の中を1本通っていて、かがむとその脇からは縁の下が見渡せた。もちろん暗くてすべてを見渡す事は出来なかったが、そこも当然のように自然な風が吹き渡った。
ある時、その土間のところでトトが何やら変な動きをしているのが見えた。何かを威嚇するように前かがみの体勢をとっているものの、その姿には少しばかりの怯えが混じって見えた。やや腰がひけているように見えたからだ。素早く前進してはまたそのぶん素早く下がるを繰り返していた。いったいどうしたのだろうと、私は炬燵から出てその土間の近くまではって向かってみた。トトは土間の脇に広がる暗闇に向かって盛んに威嚇している。
そこに何かいるのかは定かでないが、懸命にそれに向かって手を伸ばしては引き、前に出ては下がるを繰り返している。なんだか面白くなってきた私は寝そべったままの体勢でその様子をじっと眺めていた。そこには兄貴分としてのいつもの威厳はなかった。
じわじわと彼は後方に追われているのがわかる。どんどん後ずさりするトト。

するとその先の暗闇から何かうごめく物体が少しづつ明るさの間に姿を見せて来たのである。私はすっかりと驚いてしまった。
それは「カメ吉」だった。
随分と体が大きくなってはいるが右目の下にある黄色い模様のつき方で瞬時に分かった。
カメ吉が水槽から逃げ出したのは今から3年程前、私がちょうど5歳の頃だった。飼っていた水槽の中に置いてあった石によじ登ったらしく、その頂上から外に落ちてしまったと思われた。そこからカメ吉は自由と言うフィールドを手にいれた。私たちが気付いた時にはすでにその姿はなく、しばらくはあちらこちらを探したものだが見つからず、とうとう諦めたのだった。
あれから3年、見違えるほどにたくましく大きく、そして精悍な顔立ちになっていた。自然を生き抜いた証だ。なんなら対峙したトトの方が少しばかり臆病に見えてしまう程だった。
さっきまでカメ吉にちょっかいを出していたトトは、これは食えないと見たか、どこかへと姿を消した。カメ吉はそのままどこ吹く風と歩みを止めない。そのまま土間の反対側の暗闇へと向かって歩いていく。私はもうそれを止めはしなかった。カメ吉にはカメ吉の今の生き方があるだろう。私が捕まえてまた小さなその水槽に押し込めてもそれはカメ吉の幸せとはとても言えないだろうと、幼いながらに思えたからだ。
サクッサクッサクッとカメ吉の歩みは続く。私の姿なんぞはほんの少しも目に入ってはいないようだ、昔にあれだけエサをあげてやったのにも関わらず。
カメ吉の姿は、再び暗がりへと消えていった。
「バイバイカメ吉、元気でな!」
私は炬燵に戻りテレビのスイッチをオンにした。
それっきりだった、カメ吉と会うことは、もう無かった。

 
   
   
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