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第175話  出会いがあれば

  「4月から千葉に転勤決まっちゃったんですよ」
Bさんは残念そうに顔をしかめてそう言った。
彼は国内全般に支社を持つ会社に勤めていて、現在はその会社の仙台支店に在籍している。東北全体が彼の営業エリアで、月数回の青森出張があり、その際には必ずこの店を訪ねてくれている。私には到底その出張ローテーションを知り得る術はないので、思いもよらない日にさりげなくひょっこりと顔を出してくれる。会えば自然な笑顔に包まれ、近況を話し合うなどすっかりと打ち解けた仲になっていた。まるで旧知の知人のように。
その突然の転勤報告に私は驚くと同時に、小さな虚しさが心に小さなしみを作る。
親しくなっていると尚更だ。
ただ、千葉は彼の故郷であり実家のある場所だった。見知らぬ土地での新生活に比べたらまだ居心地がいいのではないかと思うと私としては一安心だ。
そう言えば昨年の暮れにもそんな出来事があった。
「今年いっぱいでここの仕事もひと段落するので本社に戻るんですよ、札幌に」
S君は快活にそう言った。
彼は北日本を中心に展開する建設会社のスタッフで、こちらの高速道路工事の現場監督という立場で、長期出張という形で八戸市内に滞在していた。かれこれ3年は経過していた。
彼の会社の担当する工事エリアが終了すれば帰郷することになるとは、以前から聞いてはいたが、いざその時が来るとやはり心に広がる虚しさは計り知れないものがある。もちろんではあるが、彼は北海道出身であるのでホームタウンに帰るのである。勝手知ったる場所に帰る訳だから、もちろん私の心配するところではない。
出会いがあれば、必ずと言っていいほどに別れはやってくる。表裏一体だ。
人生はその繰り返しを続けて成長しそして大人になって行きそうだが、そう簡単にはいかない。毎回虚しさの中でもがき、経過する時間の癒しを待つことになる。どうやらそれらは鍛えてどうにかなるものではなさそうだ。

「これって被せてあるやつ外してからの治療になるよ」
歯科医のK先生は言った。
「わかりました、お願いします」
この歯はどう処置するのが一番いいのか先生に任せるしか術のない私は素直にそう答えた。
ギューーンギューーーン・・・
例の金属を削る小型スクリューのような恐怖の器具で、歯に被せてある銀色の金属カバーを削る。時間をかけてギューーーンギューーーンと容赦なく削る。
先生の手が止まり、いよいよ歯に被せてあったはずのそれを、これまたペンチのような心震える器具でベリベリッとはがず。どうやらそのカバーは外れたようだ、カタリッ、金属の皿にその残骸を置く音がした。
先生は、その異物と化した物体を剥がし終えた歯茎あたりを覗き込んだ。
「あーーーーーーーーーっ!」
先生の絶叫が診察室でこだました。
何事かと、その大きな声に私はすっかりと驚いてしまった。
「いったいどうしたんですか先生」
口を開けたままの間抜け顔で中途半端な活舌を駆使して私は尋ねてみた。
「こりゃあだめだ、土台が割れてしまってるよーー、あーーーまいった、こりゃあ抜くしかないな、どうする?今やる、それとも後にする?」
あっこんなんでも通じたのか、それとも私の活舌曖昧な言葉など関係なく先生はそのように言葉を続けたのか、定かではなかった。
先生は絶望的な言い回しから、終盤とても冷静な言い回しへと語調を変えて私に尋ねた。
どうやらその歯は先生が思っていたよりも随分と悪化していた様だった。このまま放っておかれてもやるせない私は、どうせならこのままこの治療を続けてもらおうと考えた。
「どうしても抜かないといけないんですね先生、解りました、それなら今お願いします。」
私は覚悟を決めてそう言った。口は開けておかなくてもよくなっていたので、今度はしっかりと先生に聞こえたに違いない。
その言葉で先生は、すくりと立ち上がると奥の部屋へと一旦引っ込んだ。数秒後、鈍く光る鉄製の大きな麻酔注射を右手に持って再び先生は姿を現した。

最後に歯を抜かれたのはいったいつの事だったろう、記憶にはない。
記憶にないという事はおそらく数十年ぶりと言っていいだろう。ヘタすれば半世紀前、さすがにそれはないか。しかし、20年以上は間違いなく経っているはずだ。今抜かなければならなくなったその歯とは、大人の歯になってからの付き合いになるから、とんでもなく長い付き合いだったはずだ。ありがとう長い間私を支えてくれて。歯とは永遠の別れとなった。
不思議と虚しさはなかった。

 
   
   
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