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第164話  無かったことには

  「焼きそば」、それをそうそう家で作る習慣はなかった。
焼きそばと言えば、お祭りの出店でソースの焦げた匂いにつられてついつい買ってみたり、スーパーの総菜コーナーでまれに手に取るぐらいのものだった。
HGCでの料理番を外れてから2年程たった頃、そんな時に当時の料理番であるKPから一本の電話があった。
「扁桃腺が腫れて熱が40度くらいまで上がってしまって、今日は何とかやれたけど明日難しいかも?もしもの時は明日料理作ってもらえないですか?」
KPは、以前から扁桃腺が弱く時折熱を出しては休む時があったので、そんな時はリリーフとして出ていた私にとってはたやすい事だった。いったん身につている料理を作ることはそれ程難しい事でもなく、新たに加わっている料理に関してもある程度察しの付くものがほとんどなので作ることは可能だろう。
「いいよ、明日は週中だしなんとかしのげると思うからゆっくり休んでくれ、がんばるよ」
「お願いします、それで明日なんですけど、自分の友人で○○ホテルのシェフをやってる奴がいるんですけど、その友人たちが4人で来店予定なんですよ、何とかお願いします」
「オッケー、まかしとけ」
そうは言ったものの、内心「えっ来客はホテルのシェフ」、いやはやしっかりとした料理を作らなければ店の評判にかかわる、そう気合が入った。
週中の店はそれ程混むこともなく淡々と時は過ぎ、聞いていた時間通り午後の10時を回ったあたりになってそのシェフグループはやってきた。オーダーの方も私の得意なものが中心で難なくひと通りの料理を提供することが出来ていた。
良かった、これなら何の支障もなくKPの友人をもてなすことに成功できるだろう。
それから小1時間が過ぎて料理のラストオーダーの時がやってきた。
カウンターを任せてあるTKが私のもとにやってきて言った。
「ラストーオーダーひとつ入ります、焼きそばでお願いしまーす」
「はーい!」って。
焼きそば?そうだこれ新しいメニューの中にあったやつだ。冷蔵庫を開けて確認してみると焼きそばはひとつだけポツリとそこにある。取りあえずはあって良かった、無かったら大変だった。が、しかし、焼きそばはあることはあるが、私は焼きそばをかつて作ったことはない。単に焼くだけで良いのだろうか?
明らかにシェフグループからの注文に違いない、どうしよう。
私はすぐにKPに電話を入れてみた。
「おいおい、焼きそばってどうやって作るんだっけ」
「簡単ですよ、まず豚バラ肉に火をいれてそこにミックスにしてある野菜を投入、それを軽く炒めた後に麺を入れてから適量の水を加えてほぐして、そのまま蒸して麺がいい調子になったら焼きそばソースで味付けしたら大丈夫ですよ、簡単ですよ普通の焼きそばなんだから」
そうかそうかと私、その聞いた通りの手順でやってみる。
肝は水か、作ったことのない私にとって「焼きそば」には水を加えて作るということがとても新鮮に感じた。そうか水を加えることによって麺がふっくらと出来上がるのか、いいことを教えてもらった。この知識はこれからも使えそうだ。
肉、野菜、を炒めフライパンのなかに麺を投入した私は、手元にあったグラスに満タンの水を湛えてそれをぶちかました。
ジュウーーーとフライパンは唸り、そしてあたりはうっすらと白い蒸気に包まれた。
後はトロトロ蒸してしまえばそれでOK、水分が飛んでしまうまでちょいと待つだけさ。
いやっちょっと待て、この水の量では煮込んでしまうよう感覚だ、それはちょっとまずいか?そう思った私は少しばかりフライパンの中にある水を捨て再び火にかけた。
グツグツ、ようやくフライパンの中の水分が飛んで見た目はいい感じだ。
菜箸でその麺に触れてみるとふにゃりと柔い。これは明らかに麺が水分を含みすぎてしまったような感覚だ。それでもそれに、取り合えず焼きそばソースを加えて混ぜてみる。すると見た目はそれなりだが、しかし。
先ほど箸で麺をつまんだ時点で私はしっかりと認識していた、あれあれこれは「大失敗」かもしれない、と。どうやらやっちまったのだ、加える水が多すぎた、勘ではなく分量を聞くべきだった。
どうする、作り直すにも冷蔵庫の中にはもう焼きそばの在庫はない。スーパーだってやってやしない。あぁ、神様・・・・・・・。
「まだすかーーーー。」
十分に時間がたっていたので、カウンターのTKがキッチンを覗く。
「おいおいどうしよう、焼きそば失敗しちゃったよ。」
すかさず私はTKにこの窮状を小声で伝えた。
「マジすか、確かもう在庫無いですよね、今更こちらからキャンセルのお願いなんてできないすよ、時間たってるから~」
そう言ってTKはフライパンの中のくったりとへたった焼きそばを覗き込んだ。
「いいじゃないですかこれで、見た目は全然普通じゃないですか、きっといけますよこれで」
「いやいやいや、それは無理だろ」
「じゃぁどうします、俺、嫌ですよ今更無いって言いに行くの、出しましょうよ、大丈夫ですよこれなら」
「そうか・・・・・そこまで言うなら・・・・・出してみる」
皿に綺麗にだけは盛りつけたそのへなちょこ焼きそばはTKの手によってそのシェフグループの席に運ばれて行った。堂々としたものだ。彼らはそれを新種の焼きそばだと思ってくれればいいのだが、いや~やっぱりそれはないか。もう後戻りは出来なくなってしまった。
後悔の念がじんわりと、がんじがらめに私の全身に巻き付く。
う~~~~~ん、これって無かったことには・・・・・出来ないよね。
それから数十分、閉店時間と同時に彼らは店を出て行った。
焼きそばはと言えば、取り合えず綺麗になくなっていた。
ホッとはしなかった。明らかにそれは料理とは呼べない代物であったのは間違いなく、恐らくは我慢してその物体を胃袋に流し込んでくれたに違いないだろう。
「ごめんなさい、私の罪でございます。」
今でも焼きそばを見るとふと当時の心境が蘇り、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 
   
   
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