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第152話  ファーストレザーJKT

  レザージャケットなる憧れの存在を初めて手に入れたのは私が17歳の時だった。
それは、幼馴染のJがどこからか入手してきたシングルのライダースだった。新品で色は黒。今にして思えばかなり怪しい出物ではあるが1万円と言う破格の値段を提示され、こんなチャンスは二度とないだろうと、なけなしのこずかいをかき集めて購入したものだった。もちろんそのスタンドカラーのいかしたスタイルにもひかれてのことなのだが、何よりもその計ったかのように私の体躯にぴったりと合うサイズであった事が決定的だった。
まぁそのサイズ感だからJは選んで私に持ってきたのかもしれないが、かたくなに出所の知れなかったそれは晴れて私のものとなったのである。
単車に乗るときはもちろん休日などはもっぱら袖を通していたものだ。
次第になじんでいくそれは半年もすればもう私の皮膚の一部と言っていいほどに体にフィットした。肩の形、ひじの曲がり具合、胸周りの湾曲に至っては私そのものといっても過言ではない形状に進化していた。
昼夜を問わず一年余り着込んだだろうか、あれほど硬かった皮はまるで滑らかなビロードのようにしんなりと皮膚にまとわりつくまでに程よくやれて、襟先や裾、袖口に至るまで軽いすれによる見事な茶芯が姿を露わにしていた。ジーンズ同様、レザーもこの経年劣化によるビンテージ化に心踊る思いだ。
着込んでから2年目、私は無地のその飾りっ気の無さに何か物足りなさを感じてきてしまっていた。現在の私ならそのままにその表情の変化を楽しんでいたのだろうが、いかんせんまだまだ若造であった。
そのころレコードで聞いていたバンド「CAROL」、私はそのロゴをレザージャケットの背中にハンドペイントしたのである。
ステンシルでペイントされたそれはなかなかの出来ばえで、私は大いに満足したものだった。
それから月日は流れ、私は進学し都内で生活をするようになっていた。
昼は学校、夜はバイトに明け暮れていた頃。
バイト先で酒井さんという年配の方と知り合った。初めての出社の時に私の指導役として担当してくれ、たくさんのことを教えてもらった。それが縁で随分と仲良くさせてもらい、よく仕事終わりも一緒に飲みに行くようになった。
酒井さんは当時50歳だった。
つい最近離婚し幡ヶ谷の古い共同アパートの3畳一間暮らし、子供はふたりで前妻のもとに、その子供達はまだ幼くその養育費を捻出するために今のこの夜の仕事に就いたと言っていた。月々の収入のほとんどを前妻に渡し、彼は本当に質素な生活をしていて贅沢といえるようなものを買うことは一切なかった。いつも同じジーンズに肌着の白のTシャツ、その上に黒のコットンジャケットを羽織るといった格好で、それは春夏秋冬を問わず続いていた。頬はやせこけ始業前の食事とあとは部屋に帰ってから安ウイスキーをあおりながら何かあるものを軽くつまむ程度の食生活に見えた。
それから数年、私は帰郷することになった。
酒井さんとは、その報告がてらに訪れた例の3畳間、裸電球が揺れる薄暗いその部屋で飲み明かした。私が東京を離れることに彼は随分と意気消沈しては寂しがってくれてはいたものの、酒も進み十分に酔いが回ったころ、ここぞとばかりに彼は口を開いた。
「お前さ、田舎に帰るんだったらお前のいらない物とか服とかくれないか。」
いいですよ、どうせ送るにしてもお金もかかるし、どうしても必要なもの以外は全部おいていきますよ」
私にとってもその提案は好都合と言ってよかったので二つ返事で承諾した。
「それからさ、今お前の着ているその皮ジャンもほしいんだけど、どう」
一瞬考えたが、酔いの回った頭にはもうブレーキなど存在しなかった。
「いいですよ、これも置いていきますよ、東京でも冬は寒いんですからちゃんと着込んでください、俺は帰ってからまた何か買います」
太陽がまぶしさを増してきた翌日の午前の中頃、目が覚めた私はふらつきながらひとり幡ヶ谷を後にした。酒井さんは深い眠りの中、目を覚ますことはなかった。

微風が心地よい春3月の昼下がり、大きなダッフルバックを抱えた私は出勤前の酒井さんの部屋を再び訪ねた。寝起き面に黒縁の眼鏡を片手でつけながら酒井さんはその一間の薄っぺらいベニヤのドアを開けた。私は、持参したそのパンパンに張りつめた大きなバックを酒井さんへと手渡した、そして「さよなら」の挨拶を交わした。
私はほぼすべての荷物をそこでそぎ落とした、新たなステップを踏むために。
あれから40年、単純に計算したって酒井さんがもしこの世に生存するなら齢90。元気かもしれないし、またそうではないのかもしれない。私にはわからない。
ただ、時折脳裏をかすめる空想の景色では、随分と年老いた酒井さんが縁側でくつろいでいる。傍らには私ほどの年齢の女性が甲斐甲斐しくもお茶を入れたりと世話をしてくれている。もしかすればそれは離婚時に分かれていた娘さんかもしれない。良かった、と私は思う。一陣の春の風が庭先から酒井さんの脇を通って部屋の中に吹き込む、するとラックから下がる木製のハンガーに掛けられていた古めかしいレザージャケットがかすかに揺れた。

 
   
   
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