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第148話  冷たい朝に

  その知らせが届いたのは、K君と自転車で階上岳の登頂を目指す日を決めた翌日の事であった。お互いの休みの合うのはピンポイントで翌週の月曜日、天気予報も晴れマークがついており絶好のチャンスである。
知らせとは友人が始める飲食店のオープニングパーティーへの招待メール、そのパーティーが執り行われるは階上岳登頂予定の前夜であった、もちろんK君も招待されていた。
近々で合う休みはその日をおいて無い、私達はそのパーティーを途中切り上げて翌日に備えれば大丈夫だろうと考え、出席する事にした。
仕事を一時間ほど早くに上げてもらいK君と合流、そのパーティー会場である店へと向かった。すでに店内は大勢の招待客でごった返し大いに賑わっていた。
私達は空いていた隅のカウンター席に腰かけ、オーナー及び店長にお祝いのひと言を投げかけ、手際良く出してもらったビールで乾杯、その賑わいの中に溶け込んで行ったのである。
しばらくすると、私の旧友であるTがそこに姿を現した。
社交的で賑やかなTがこの場に加わりパーティーはまた一段と盛り上がりを見せた。こうなるともう後戻りはできない。
私とK君、そして後で合流したTを交えた3人はこの後2軒目3軒目と杯を交し続けた。
時計はすでに午前3時を回っていた、そろそろ帰らなければ明日の予定が不意になる。
名残惜しいが、ようやくここで解散。
私は代行で帰るべく車を止めてある駐車場へ向かった。と、なんとそこの立体駐車場の出入り口にはシャッターが下りていて中に入れない状態となっていた。このあり得ない状況にあんぐりと開いた口がふさがらない。全館に明かりは無くすでに人の気配すらないこの立体駐車場、初めてこの時間帯に車を止めたこの駐車場、しっかりと確認するべきであった。
明日の自転車での階上岳登頂のためにも早く帰って寝なくてはいけない、仕方なく私はタクシーを捕まえて帰宅した。
睡魔に閉じられていた瞼を自力で押し上げ、私は提示された料金を支払いタクシーを降りて自宅玄関へと向かった。手に持ったクラッチバックから鍵を取り出そうとして、はっと頭のどこかで電光が走った。鍵はここには無い、そうだ、自宅のカギは車の中じゃないか・・・・。
しかも今日、家には誰もいないときたもんだ。
どうしよう。
私はドアの開かない玄関先で途方に暮れた。
しばし考え思い当たった先は、とにかく今はひと眠りしようと言う事だった。そう決めた私は裏庭へと向かいそこにあるベンチにごろり。晩秋から初冬に向かっているこの寒空にこんな事になるとは想像もできなかったし、またかつて経験したことも無かった。
随分と酔っていたのだろう、私はそんな荒涼とした環境の中で庭側に背を向けぐっすりと寝込んでいた。どれくらい眠っていたのだろう、ブルッと寒さで目が覚めた。携帯電話を取り出し時間を見ると5時を少し回ったところだった。夏であればすでに空は明るくなっているところだが今は、未だに空は漆黒に包まれていた。
寒い、とにかく寒い。
ここにいても家にも入れずどうにもこうにもらちが明かない、この時間ならあと数時間であの立体駐車場が営業を始めるかもしれない。そう思った私はベンチからむくりと起き上がり、体を温める意味も込めて歩いてそこに向かう事にした。2時間はかかるか・・・。
冷え切った体は数十分のウォーキングで通常の温かさを取り戻していた。いい考えだったと思った。40分も歩いただろうか、私の脳裏を小さな電車の影が過った。
そうだ、あと少しであのキュートなローカル電車が走り出すころだ、そう考えた私はその足でここから一番近いだろう駅へと歩を向けた。
かくして始発の電車は、数えるばかりの乗客を乗せてやって来た、そして温かい空間が私の心に安堵の灯を与えてくれた。この過酷とも言える数時間を乗り越えほっとひと息つけた時間となった。
7時過ぎに駐車場に着くと、冷徹に固く閉ざされていたあのシャッターは姿を無くし、何事も無かったかのように普段通りの日常がそこあった。

家に着いたのは8時を少しばかり過ぎたあたりだった。
早く眠りにつかなければいけない、K君が何時にやって来るか解からないのだ、もうやって来るかもしれないし、またゆっくりと午後になってからやってくるのかもしれない。どうせなら私としては午後の方が希望だが。
さぁ寝よう。
携帯がショートメールの着信を知らせる音を響かせた。
ふと目を覚ました私が時計に目をやると、時計は10時を指していた。どうやら2時間くらいは眠ったようだ。
軽い頭痛とめまいがした。間違いなく二日酔いだ。傍らの携帯を手に取り私は寝そべったままの状態で画面を開いた。
それはK君からだった。
「そろそろ向かいます」
簡単な文章だが今の私には重すぎた。二日酔いでろくに睡眠もとっていない私には到底今からの自転車は厳しいものになるのは目に見えている。私は今回は延期にしてもらおうと考え、その旨を伝えるために返信メールを作成した。そしてそれをK君に送信しようと送信キーに指先が触れる寸前だった。
カチャカチャ、耳慣れない音が階下の軒先から聞こえてきた。
まさか、と思った。私は布団を傍らに押しのけて立ち上がるとその音が聞こえてきた方の窓にかかるカーテンを開けた。
直感そのまま、K君はすでに家の前でスタンバイしており、ウォーミングアップの最中であった。私は愕然とその光景を見つめ、そして覚悟を決めたのであった。
延期メールは削除、泣く泣く(今すぐに行くメール)に変更しそして送信したのである。
K君は極めて元気であった、昨夜あれ程浴びるようにビールやワインを口にしていたのであるが現在それ程酔いが残っている様子も無く軽快に自転車をこいでいる。
たいしたものだ、と感心する。
完全に過度の二日酔いと寝不足の私は、取りあえずとふらつく足取りでトイレに向かって今胃の中で渦巻く悪魔の根源的液体を体外に排出すべく、喉に指を突っ込んでもどした。
この年になってどんだけ飲んでいるのだ、と情けなく思った。
サイクル用ジャージに着替え空気圧を確かめた自転車にまたがる。空は健全に青く晴れ上がり、この時期としては絶好の日和だ。
数分前に覚悟を決めていた私はペダルビンディングにカチャリとシューズをセットし、持てる力を振り絞るように懸命に踏み込んだのである。
そのあと、もう一度だけもどした。

 
   
   
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