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第124話  われにかえる

  恵比寿駅、午後6時あたり。
雑踏のなか山手線に乗り込み東京駅へと向かった。
この時間、普段の乗客だけでも混み合う電車内にサラリーマンから学生までもが乗りこむものだからギューギューのすし詰め状態、私は車両の中央あたりまで押し込まれてしまっていた。これでは降りるときにひと苦労だ。
この仕事をはじめて数十年、出張で何度となくこんな状況を体験しているだけにすでに慣れたものだが、そう言えば、学生のころもこんなだったな・・・と過る。
目の前のつり革につかまり電車の揺れに人の流れに身を任す。
気もそぞろ、乗降ドアの上側にあるデジタル画面になんとなく視線を向ける。決して見ている訳ではない、画面上何かが動いているのがかろうじてわかる程度。仕事もひと段落して後は地元へ帰るだけ、気も抜けると言うものだ。
そんな時だった。
どこからか遠い過去を含んだ「かおり」が私の鼻腔を通り抜けては敏感な海馬をくすぐった。あたりを見回したが、あまりの混雑にあたりはつかない。
「これは確か・・・柳谷ポマード・・・ジャスミンの香り・・・ではないか・・・」
こころはいっきに飛翔した。

高校に入ってすぐのころ、黒塗りの単車にロックンロール、レザージャケットに501、その足元にはエンジニアブーツ、時代はそんな激しい潮流のなかにあった。
私のバイブルといえば、エルビス22才の写真集、その洗練された美しいウェーヴを描くリーゼントスタイルに憧れた。
この時だ、このとき初めて使ったのがその柳谷ポマードだった。
「かおり」にはたくさんの種類があったのかどうかはよく覚えてはいないが、あったとして、なかでもそのジャスミンをチョイスしたのは、それが私の感覚に合ったものだったに違いない。
起きたての朝の一時間、ヘアーセットに費やした。一時間かかっても理想的なスタイルが決まらなければそれはすでに敗北を意味した。修正不可能、学校に行くのを止めた。他人からしてみればくだらない物事にしか映らない事だろうが、当時の私にとっては大事な儀式のようなものだった。納得のいかないヘアースタイルは、学生服は着ているが、ズボンをはいていないような、そんな感覚に近かった。
洗髪は2日に一度、ポマードを塗り付けたまま眠った翌日、その2日目はコームひと撫でできれいなウェーヴが生まれ、形の良いサイドリーゼントがすんなりと出来上がった。それはそれでめでたい出来ごとに違いなかったが、眠っている間に顔から首から肩からたっぷりとポマードまみれ、それを落とすのにも多くの時間を費やした。だが、そんな時は学校には遅刻せずに行けた。さすがに3日目までそれを引き延ばすことは無かった。

ちょうど高校2年に上がったあたりに、「黒薔薇JAKO」と出会った。
バニラ系のあまい「かおり」。
聞けばジャコウ牛のメスが交尾のときに出すホルモン的香りと聞いていたのだが、定かではない。これは、最初は確かに良かったのだが、次第あまりにも容赦のない香りに私自身も頭痛がするほどの強烈さで、クラスのみんなのひんしゅくも随分かった。
ついには使用を止めた。
「強烈だったよなーあれは・・・フッフッフッフッ・・」
ガタガタッと大きく電車が揺れた。
つり革が突っ張るくらい私の体も大きく揺れて、ハッと我に返った。
「おおっと、大崎手前か・・・」
考えがめぐり、すっかりと思い出の大海原を遊泳していた、少しばかり顔がにやけていたかもしれない、気をつけなくてはいけない。この混雑のなか、ひとりでにやにやしていては変態扱いされかねない、危ない危ない。鼻腔を撫でまわすこのジャスミンの香りに完全にやられていた。
この付近はよく揺れる、その揺れでなんとか事なきを得たようだ。
大崎駅での停車から再び電車が走りだすと、その「ジャスミン」の香りは弱いものとなっていた。残り香的余韻、おそらくはここ大崎でその誰かは降りたに違いなかった。
私は、素知らぬ顔で再びドア上の画面に目をやった。
頭のなかは先ほどの余韻を引きずっているのだろう、躍動的に駆ける馬の絵のついたイエローポップなガラス容器がぽかりと浮かんだ。
「そう言えば競馬ポマードも使ったなーここにいるころ・・・」
進学して都内に住んでいる頃、私は柳谷ポマードを止めてジョッキークラブ競馬ポマードに変えていた時期があった。容器のデザインも気にいったし、初めて嗅いだ香りも気に入った。新宿のライブハウスで知り合ったバンドマンからアドバイスされたものだった。何ともたとえがたい高貴な香りが私を引きつけた。
そんな70年代末期の日曜日の原宿、表参道の歩行者天国は先の見えないほどの人々で賑わっていた。そちこちに点在するバンドの生演奏の周りではツイストを踊る輪が連なり、その周りには通行人が足を止めて連なった。ジャグリングなどのパフォーマーがそれぞれ個性的なパフォーマンスで喝采をあびていた。通りは着飾ったやつらでごった返していたものだ。
「そう言えば・・・このあたりか・・・竹の子族が出て来たのは・・・ものすごい勢いで増殖してきた・・・とうとうあれは私にはわからなかった・・・それはもう私が時代遅れに、と言う事か・・・ロカビリーなやつらも席を譲ったみたいにどんどん少なくなっていった・・・次第に表参道は竹の子族一色で絞められた・・・徐々に私も原宿に足を運ぶことも無くなっていた・・・そう言えばいつからだろう、あれだけ賑わっていたホコ天自体が無くなったのは・・・まったく覚えていないな・・・それにしても、ファッションから音楽から株価から全体的な盛り上がりをみせたあんな浮かれた時代は、もうこの先はないだろうな・・・実に面白い時代だったな・・・フッフッフッ・・・」
「東京、次は東京です」
車内にアナウンスが響いた。
おぉっと危ない危ない、また思い出のなかを彷徨ってたようだ。
電車は予定通りに東京駅へとすべり込んだ。
私は人をかきわけるようにドアへと進み、それぞれが引きずる人生が交差するホームへと降り立った。東京はずいぶんと変わったようにも思えるし根本はぜんぜん変わってないようにも思えた、結局解からない。
さあ、家に帰ろう。

 
   
   
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