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第120話  赤いテンガロンハット

  空はまさに晴れ上がり、透きとおる青の天空には純白にそびえる入道雲が眩しい。太陽は容赦なく蒼く鋭い光線を地平に浴びせかける。熱波を浴びたその道は陽炎のようにゆらゆらと左右に揺らぐ。そんな小5の夏休みだった。
MとK、そして私の3人はこの長い夏休みのなかのいち日を使って夏泊半島への小旅行を計画した。みんな近所の仲良しだ。南部縦貫鉄道に乗っての子供たちだけの冒険旅行なのだ。ディーゼルエンジンを積んだ、いわば線路を走るバスのようなものだ。とてもかわいい乗り物だ。残念ながら今はもうないが・・・。
前夜はそれこそ準備に追われて大忙しだ。あれはもったかこれはもったか、はたまたこれはいらないか、多くを詰め過ぎたリュックはパンパンに膨らみもうこれ以上は何も入らない。仕方がないので浮輪はふくらましたまま手持ちで行こう。そんな楽しい作業を続けているうちに夜がやって来る。
さぁどうしよう、興奮冷めやらず眠れない。時間だけはチックタックと過ぎてゆく。眠ろう眠ろうと思うと余計に目が冴える。楽しみでしょうがない。
早朝の目覚ましで目が覚める。
いつの間に眠ったのだろう、さっぱりとわからないが知らず知らずに眠ったらしい。
おかあちゃんの用意してくれた朝飯を空腹にかっこみ膨らみ上がったリュックと固めに空気を入れた黄色の浮輪を持って玄関へと向かう。午前8時、ちょうどいい時間だ。
先ごろ買ってもらったばかりの白いレースアップのスニーカーに紺色のショートパンツ、どんな絵が書いてあったのだろう、全く思い出せないが胸のあたりに何かの絵がある白いTシャツ、キャップはいつもの使いこんだ紺色のやつだ、極めて地味だがそんなんだった。
「おしゃれ」と言える意識は薄いものの子供なりに白のスニーカーはカッコイイ、そう思って履いていた。白しか買わなかった。
「行ってきまーす」
おにぎりも持ったし忘れ物は何もない、おかあちゃんにもらった千円札と幾ばくかの小銭を握りしめて玄関を飛び出した。ものの5分も歩けば待ち合わせ場所だ。
間違いようも無く他には誰もいないその場所にMとKは私を待っていてくれた。
どちらだろう、遠目にちらほらと赤いかぶり物がちらつく。
Mだった。
近くでそれを目の当たりにした私は大きなカルチャーショックを受けていた。
「カッコイイ・・・・・・!」
その時口には出さなかったが、その燦然と輝く凛々しい姿は今でもはっきりと覚えている程に未熟だった私の目に焼きついた。あごに掛けるところのこげ茶のレースをサイドの鍔を巻き込んで帽子のてっぺんで留めている真っ赤なフェルトのテンガロンハット。かつてテレビや映画でしか見たことのない洒落たやつ。こんなのこのあたりじゃどこを回ったって売ってやしない。きっと御医者先生である父親が東京あたりで買ってきてくれたに違いない。あくまで自然体でそれをかぶり、さりげなくにこりと笑う。
私は、瞬時にそのスタイルにあこがれを抱いてしまった。
幼い時代、思えばMは私達の欲しがるものはなんでも持っていた。産婦人科医院を開業していた彼の父親とその家族はいわゆるこのあたりではブルジョアの部類に属し、私達庶民は一般の部類に属した。昭和の時代、医者は遥か雲の上の存在だった。
それに加え、確かMの父親は私達の小学校のPTA会長と言った重責も担っていたものだ。
「カッコイイ・・・・!」
私の眼にはもうそれしか映らなかった。

トコトコと走るローカル電車に飛び乗り、タールくさいガタゴトバスを乗り継ぎ、タラタラと海岸道路を歩いて夏泊についた。天気はそのまま良好に過ぎ去り私達はとても楽しい海と太陽の時間を共有できた。朗らかないち日はあっという間に過ぎ去り、私達は帰路に着いた。楽しかったその時間は今でも大切な思い出として心の中にしっかりと残っている、のだが、あの赤いテンガロンハットの衝撃は私の心を虜にし、憧れのひとつとなってしばらく尾を引いた。
あれから数十年、いくつもの季節が過ぎ去ったある冬の夜のこと。
ちょっとしたきっかけから私達は連絡を取り合い小さな飲み会を開いた。
集まった同級生は10人に満たなかったが、皆懐かしくそして心地よかった。
大いに盛り上がりを見せた飲み会もとうとう終わり、宿泊先が決まっていなかった私はMの家に泊めてもらうこととなった。
歯科医となっていたMの家は、その医院の裏手に併設されていた。
この北国には不似合いな吹き抜けの大きなリビングルームには小さな石油ヒーターがひとつ。私達はここで再び軽くアルコールを口にして話しこんでいるうちにどうやらここで眠ってしまったようだ。外はマイナス厳寒の世界、深々と忍び寄る底なしの寒さにやられて目を覚ましてしまった私はその小さな石油ヒーターの前で膝を抱えてまるで小猫のように丸くなって寝ていた、ひょいと脇に目をやるとMもそのまま丸くなって私と同じような姿で冷たい床で眠っている。今朝も起きたら仕事のはずだが・・・大丈夫かな。
私なんかほっといて自分の布団で眠ればどれだけ温かいことか、あの赤いテンガロンハットをかぶってほほ笑んでいた幼いころの気のいいやつの姿が目の前でダブる。
「昔とちっとも変わってないかもな・・」そう思えたら心がほころんだ。
そうだ、あの赤いテンガロンハットって、今もあるのかな?
二日酔いのなか、そんな空虚な思考が冷たい床にこぼれた。
毎日能天気に遊んでいたころの気楽な時間はもう戻らない、だが思い出を交えた気兼ねない時間はまたいつだって作れるさ・・・・なんだか肩の力が抜けた気がした。

 
   
   
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